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罪と咎(つみととが)  作者: マオ
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贄……SACRIFICE・2

 ほかの子と違い、アジュは別段緊張もせずに姫が姿を見せるのを待つ。

 なんとなしに来る前に教わったことが頭をよぎった。

 王家の姫は魔神の花嫁。姫と結ばれたものは魔神の力を得る。

 だからなんとしてでも姫に気に入られるようにと、父は言った。

 姫のご機嫌を損ねないようにねと、母は言った。

 父と母の言っていたことなどどうでもいいが、魔神の力というのは気になる。

 幼いアジュにも、この国が魔神の力で栄えているのは分かっている。

『魔神』がどういうもので、どんな力を持っているかまでは知らないが、砂漠の中で大きな街を維持しているくらいだ、とても強いだろうことは分かる。

 その力を得られれば、姉を塔から救い出せるかもしれない。

 ぼんやり考えていると小さくざわめきが起きた。姫が供の者を連れて姿を見せたのだ。

 きらびやかに飾り立て、豪奢なドレスを身にまとった、アジュよりも少し年上の少女。

 可愛らしくはあるけれども、小憎たらしいというのが先に立つ、そんな容姿の少女だった。

「アジュというのは、どれか?」

 己が権力を知っているのか、どこか高慢な声音。

「ぼくです、姫様」

 顔を上げるアジュに、姫は無遠慮な視線を投げかけ値踏みするかのようにじろじろと眺めた。

「姫様」

 供の者の制止の声でようやくやめる。

「ふ〜〜ん……顔はまぁまぁ良いな。うむ、合格じゃ」

 姫は次々と並ぶ少年たちを眺め、品定めをしてゆき、気に入らない者はすぐさま追い出した。相当わがままな娘らしく、自分の我が通らないと途端に怒り出す。

 それだけで充分だった。

 アジュが、自分はこの姫を好きにはなれないと自覚するには。


 ――皮肉なことにあの場にいた者で姫がもっとも気に入ったのはアジュだった。面通しのときに並んだ少年の中で一番見目(うるわ)しく、優秀であるのだから当然かもしれないが、アジュには迷惑でしかなかった。

 謁見の日以来、姫はことあるごとにアジュの元へ押しかけた。魔神の力に関心のあるアジュは拒否できない。それでも一定の距離を保ち、親密になることは注意して避けた。

 友人ならばまだしも、姫は明らかにそれ以上を望んでいたからだ。

 その点では街の女も同じだった。アジュの目にとまり、妻とまではいかなくとも、妾にでもなればいい目が見られる。幼い少年の周りには欲と打算が渦を巻いていた。

 嫌気がさすような毎日で、唯一の時間がリッカといるひととき。

 この頃から、弟は姉を異性として意識するようになっていた。

 リッカには欲がない。打算もない。ただ、アジュを待っている。

 どこの誰よりも美しい、たった一人のアジュの姉。

「ねえさま、ぼく、ねえさまが好きだよ」

「好き?」

「うん……」

 胸が痛い。何故だろう? いつもいつも姉と会うと胸が高鳴る。

 けれど同時に耐え難いほどの痛みもある。

 胸の痛みはアジュに告げる。

 リッカが姉じゃなかったら。

 そうしたら……そうしたら?

「わたしもアジュのこと好きよ」

 微笑むこのひとを抱きしめることができるのに。


              ***


「ねえ、シェリ」

 間を隔てる氷のような鉄格子。それにもたれてリッカは窓を見上げる。陽光が明るく差し込み、外からはかすかに人々が生活しているざわめき。

 行ってみたいと思っても決して許されない『外』。

 塔しか知らない。塔しか分からない少女たち。

 どうしてわたしは、わたしたちは出られないのだろう、出てはいけないのだろう……ずっとそう思っていた。

「シェリは知っているのね」

 怖い。アジュがいつか来なくなるかもしれない。サリュもシェリもいなくなるかもしれない。独りになるかもしれない。そう思うとたまらなく怖かった。

「わたし、いつかここから出られるかしら」

 怖い。気が狂いそうな塔の中、リッカはただ、呟く。

「わたし、ずっとここにいなければいけないのかしら」

「リッカさま……」

 泣き出しそうな目のシェリ。彼女はリッカに言った。アジュはいつか名のある女性と結ばれ、ここには来なくなるでしょうと。

 それが貴族であるアジュの定め。

 ――いずれ弟とは別れが来るのだ。それをいやだといくら拒否しても逃れられない。

 許されない。

 アジュは弟。リッカは姉。血の繋がった彼女らの関係は覆せない事柄だ。

 アジュが塔へ来なかったら、弟と会わなかったら、リッカに希望はなかったろう。

 ほかの娘たちのように、ただぼんやりと日が過ぎるのを感じるだけで済んだだろう。

 疑問も、苦痛も……絶望も感じずにいられたはずなのだ。ここはそのための塔なのだから。

「ねえ、シェリ――」

 ぼんやりと、リッカは言う

 アジュとの誓い、おもちゃの指輪を日に透かすように見つめながら。

「わたし、アジュを待っていてはいけないのね……」

 アジュに言ってはいないことがあった。サリュとシェリが嗚咽をこらえながら十一歳になったリッカに告げたこと。


『――この塔にいる娘は、いずれ魔神に捧げられる運命――』


「……アジュ」

 今はただ、その名にすがり生きるだけ。許されないことだと分かってもいる。アジュは弟だ。リッカは姉なのだ。絶対的な事実がある。痛いほど理解している。

 それでもほかの人など考えられない……!

 いつかと思いたい、信じたい。誓いが果たされることを信じ続けていたい。

 閉ざされた現実の中で、今はそれだけが幸せな夢。

 あきらめることは、できなかった。


そうして、少年と少女は互いの想いを秘めたまま、時間が流れる。禁断の感情は、流れ始めてしまいました。

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