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罪と咎(つみととが)  作者: マオ
3/12

始まり……ORIGIN・2

 なんだろう。幼子(おさなご)はいつも不思議に思っていた。

 町の隅にある高い高い塔。

 大人はみんな、あそこに近寄ってはいけないと言う。

 魔神様のお怒りにふれ、呪われてしまうよ、と口をそろえてそう言う。

 他の子供たちなど、恐れてしまって見ることすらしない塔を、アジュはいつも眺めていた。

 あそこにはなにがあるんだろう。魔神様のお怒りに触れるってどうして?

 高い高い塔の上、窓が一つ、ぽつんとひとつ。扉はいつも硬く閉ざされ、入ることすらできはしない。けれどアジュは入ってみたかった。中になにがあるのか知りたかった。

 扉は開かない。窓は高く、あまりにも高く、手は届かない。

 ならば――空を飛べばいい。風のように鳥のように、魔法を羽として。

 アジュは懸命に学んだ。他の子供たちが魔法を習い始めるよりもずっと早くから学び、習得し始めた。何も知らない両親や周りの大人たちは喜んだ。なぜならばアジュはさる貴族の一人子であったからだ。跡取りならば優秀なほど良い。学問に限らず、武術、魔術など全て優秀であればいい。

 アジュは優秀であった。教わること全てを難なく吸収し我が物とした。

 そして、六歳になる前に飛翔の魔法を習得してのける。

 待望の『方法』を得たアジュは夜を待ち、家を抜け出した。小さな体は夜の闇や、あちこちの障害物が隠してくれて目立たない。

 それでも充分気を張って塔までたどり着き、呪文を唱えた。ふわりと足が地面から離れた。

 届かなかった窓がぐんぐん迫ってくる。近くで見るとかなり小さな窓だったが、こちらも小さな幼児の体。いとも簡単にくぐりぬけ、念願の塔内を……見た。

 ――暗い部屋。そのなかで身を寄せ合って眠る娘たち。

 これはなにとアジュは思う。これはなに、一体なに。下町にいる人たちよりもひどい格好をした女の子たち。

 なんだろう、ここは。アジュには理解できない光景の中、彼の気配を察知したのか一人の娘が身を起こして少年を見た。

「……あなた、だれ?」

 ちょうど、月が窓に光を与えた。娘の顔をそろりと撫でる光はやわらかく、美しい。

 いや、光よりなによりもその娘が。

「ぼ、ぼくはアジュ」

 どきどきしながらアジュは名乗った。娘は美しかった。アジュよりもほんの少し年上にしか見えないのに、今まで会ったどんな女の子よりも目の前にいる少女は可愛らしく、美しい。

 着飾ってすらいないというのに――。

「きみはなんでこんなところにいるの? 魔神様にのろわれちゃうよ?」

「のろわれる? マジンサマってなに?」

「しらないの!? 魔神様を!」

「しらないわ」

 きょとんと娘がそう言ったとき、格子がこんこんとノックされた。

「サリュ」

 娘が振り返り、小走りに格子に向かう。アジュがそちらを見ると、格子の向こう側に老人がいた。

「!!」

 老人はアジュを見るなりすごい勢いで格子を揺らした

「おまえ! そこで何をしている! どうやって入った!!」

 その剣幕に娘のほうが驚いた。

「サリュ、怒っているの? どうして? あのひと、ここにいてはいけないの?」

「ああリッカさま……何もされてはいませんか」

「なにも。どうしてここにいるのと訊かれただけ」

「そうですか……ああ、近寄ってはなりません。小僧!」

 ぎろりとアジュを睨んでくる目に、強い怒りと焦りがある。

「さっさと立ち去れ! 二度とここには」

 声を上げる老人を娘が止めた。

「大きなこえをだしてはだめ。みんながおきてしまうでしょう」

 それから娘はアジュを見た。邪気のない、まっさらな視線。アジュのどきどきは止まらない。

「私はリッカ。あなたはどうしてここにいるの?」

 

 それが……出会い。

 幼かった姉弟はそうして出会い、やがて回を重ねること数回で互いが姉と弟であることを知る。そして二年がすぎる頃、乳母が役目を終え、代わりに世話役の娘が一人塔に入った。

 世話役に立候補したその娘はもともとアジュの世話係だった。アジュより年上で、まだ幼い彼の身の回りの世話と、遊び相手ということで、下町から売られてきた娘だった。

 世話というのは、いずれそういう年齢になったときの夜の相手も兼ねている。

 そのまま順調に時がたてば、アジュの(めかけ)になっていただろう娘であったが、ある時、家宝の置物を割って怒りを買い、職を失った。貴族の怒りを買ったためまともな職にはつけず、塔内で働くしかない不幸な娘――そういう名目で。

 真相はアジュの頼みである。シェリは信頼できる娘だと判断し、塔へ行ってほしいと頼んだ。そしてぼくの大切なねえさまをまもってほしい、と。

 娘はその願いを受け入れた。何よりも誰よりもアジュを敬愛し、少年の幸せを祈っている娘が拒むわけがないのだ。

 姉のためなら家宝などどうでもいい。アジュはそう思っていたし、娘はアジュの幸せだけを望んでいたので、己の身が傷つこうが貴族の怒りを買おうがどうということはないと思っている。

 娘の名は、シェリと言った。

そして、聡い少年と、少年のために全てをかける女性。四人の想いが、この話の全てです。

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