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罪と咎(つみととが)  作者: マオ
2/12

始まり……ORIGIN・1

(……塔? 閉じ込められた娘たち……それは一体なんのためなのです?)

 簡単さ、逃げられちゃ困るからだよ。娘たちは必要だったんだ。

(私はもう一度何故ですかと問うた。彼女は皮肉な笑みを浮かべている)

 あの国は魔神の力で栄えていた。魔神は無償でそうしてやっていたと思うかい?

(まさか、とおぞましい想像をした私の考えを見透かすように、彼女はまなざしを鋭くした)

 そう……多分あんたの考えているとおりだよ、学者さん……。


            *** 


 集められた女児は十六人。全てが同じ年、同じ月、同じ日に産声を上げた子供たち。まだ物心つく前に親から引き離され、薄暗い塔に閉じ込められた。

 外へ出たい、遊びたいと泣く子供たちにそれぞれ乳母がついたが、あやすわけでも慰めるわけでもない。

 乳母たちはただ淡々と子供たちの身の回りの世話をする。気に入らないことがあると子供たちを叩くこともよくあった。まだ語尾が乏しいため、泣いてぐずることでしか表現できない幼子を本気で叩いてなおも泣かせる。手がつけられなくなったら魔法で強引に眠らせて静かにさせてしまい、夜になったらおのおの家に戻る。

 塔には扉番の年老いた男、サリュだけが毎夜残された。

 時折、上の階から娘たちの泣く声が聞こえる夜。

 母を乞う、父を乞う、家族のぬくもりを乞う、悲しい声。剛毅(ごうき)な男であるサリュですら、気のめいるような夜が続く。感情を殺さなければやっていけない、そんな毎日。

 何日も何日もそんな日が続いて――集められた娘たちが五歳の誕生日を迎えて数ヶ月がたったころ、一人の娘が乳母の手に噛み付いた。泣き喚いて暴れ、乳母にひどく殴られた他の娘をかばってのことだった。もちろんその娘も殴られて、高い熱を出した。

 もともと体の弱い子で、よく病にかかりその都度(つど)サリュが面倒を見てやった娘だった。

 おとなしい娘だと思っていたサリュは驚いた。

「何故あんなことを」

 夜になり、少女の看病をしてやりながらサリュは思わずそう訊いていた。

「わたし……おもちゃじゃないもの」

 熱に浮かされながらも。娘はそう言った。恐ろしいほど聡明な娘だった。

「わたしはわたしだもの……」

 娘の名はリッカといった。その一件以来、サリュの心の中にリッカは強く()きつく。

 それから数日後に、サリュは乳母が帰ってからリッカに文字や魔法を教え始めた。殴られて怪我をするほかの娘たちを直してあげたいとリッカが懇願(こんがん)してきたからだ。

 まだその頃には鉄格子が降りておらず、みな一緒に眠れた。そばにいるなら手当てもできる。リッカはたどたどしくも、かいがいしく手当てをするようになった。幼子とは思えないくらい強く優しい娘である。

 だが、すぐに乳母たちが気付き、サリュを問い詰めた。

「何故魔法なんて教えたの!?」

「文字まで!」

「あんたは見張りだけしていればいいのよ!」

「もし逃げられでもしたらどうするの!!」

 口々にサリュを責める乳母たちに、サリュは苦々しい思いを押し殺して言った。

「逃げられるような方法は教えていない。魔法を教えたことが不満なら、娘たちを殴るような真似はやめることだ。あざや傷でも残れば大変なことになるぞ」

 サリュにも嫌気がさしていた。乳母たちによるひどい暴行で、リッカだけでなく他の娘たちも弱ってきていたのだ。気がふれかけている娘もいる。

 それを見てもなんとも思わない乳母たちをサリュは強く軽蔑した。

「娘の誰かが死にでもしたらお前たちは打ち首だ」

 娘たちをかばうような言い方が癇に障ったのか、乳母の一人が言い返してきた。

「ああら、やけにかばうこと。あんたまさかあの娘に心を奪われでもしたの?」

「まああ! たかが扉番のクセに図々しいこと!」

 そして他の乳母たちも加わった。

「あんたこそわかっているんでしょうね?」

「そうよ。娘たちに手を出しでもしたら、あんたのほうこそ打ち首よ!」

「幼女に気があるなんてあんたおかしいわよ」

「扉番もそろそろ変えたほうがいいんじゃなくて?」

 イヤミたっぷりの女の集団に、サリュは本気で怖気(おぞけ)を覚えた。長い間ここで扉番をしているが、こんなことは初めてだった。娘たちがいくら殴られて熱を出そうが、病に倒れようがいつも事務的に手当てをしていただけで、特になんとも思わなかったのだ。

 年を取って丸くなったのだろうか? ふとサリュは疲れを感じることもあった。

「サリュ」

 そのたびに、リッカが、

「サリュ、だいじょうぶ?」

 感受性が強いのか、すぐに察知して心配する。他の娘たちにそんなそぶりは一切ない。他の娘は自分のことで精一杯だというのに、年齢から考えればそれが普通だというのに。

 たとえ自分が熱を出して苦しくても、リッカはサリュを心配するのだ。

「わたし、だいじょうぶ。サリュ、サリュはつかれているの? やすめないの? わたし、へいきよ。だからサリュ、やすんで」

 ……この娘のためになら、とサリュはこの時に思った。

 わしはきっと、死ねるだろう……。

 老いた男の、ひとときのきまぐれ――そのはず、だった。


ここから話は始まります。老いた男と美しい幼女。まずはここから。

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