エピローグ
彼女が深々と息をつき、話は終わった。半日ほどを費やした、長い話だった。
それでもまだ、訊きたいことはたくさんあった。
『それからの姉弟』の話を知りたかった。
どうしたのだろう、それから。
今でも生きているのか?
竜巻に閉ざされた都の中で?
魔神の力をその身に宿して……ずっと?
私の疑問に、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「それからお二人はどうなったかって? ……ふふ」
幸せそうだった。
「もう少ししたら、あたしを迎えに来てくださるんだよ。サリュに乗ってね」
ほんとうに……至福だというように、笑っていた。
「あたしは天に召されるのではなく、永遠にお二人にお仕えするのさ」
そういう彼女の手には、鮮やかな白い花がある。話の間もずっと、彼女はその花を片時も離さなかった。
長くいろんなところを旅した私にも見たこともない品種だ。これがさっき話に出てきた『約束の証』の花なのだろうか。百年以上も枯れない花など存在するのか。確かめる術などないのだが、何故だろう?
私はその時、うらやましいと思ったのだ。ほんとうかどうかも分からない、彼女の幸せそうな言葉を。
――彼女は私を見て、今度は楽しそうに笑って言った。
「サンディーノの腐った過去を伝え続ける役目はあんたに譲るよ、学者さん。あんたなら、ごまかさずに必ずやりとげてくれるだろうから」
そうしたら、逢えますか。私は真剣に尋ねた。
あなたの後を継いだら、その姉弟にあえますか、と。
「……さあね。あたしにゃなんとも言えないよ。けれどあんたが――伝え続けてくれたなら……」
いつかお会いしてくれるかもしれない。
彼女はそう言ってから、疲れたよ、と呟いた。
私は丁寧に礼を述べて、その日は退出した。
***
――数日が過ぎて、私は手記を書いている。
伝え続けるために。今や私が最後の語り部なのだから。
……老女シェリは、私が話を聞いた翌日の夜、息を引き取った。
死因は老衰。当然だ、彼女は百歳を越えていた。
いや、気にするべきことはそこではない。
彼女が亡くなった夜、砂竜が町の上を飛んでいたという。
絶滅したはずの砂竜……もしかしたらその上には人影がふたつあったのではないだろうか?
もしかしたら、それは。
……いや、きっと思い過ごしだろう。確かめる術などどこにもない。
だが――いつか。
私は思う。
いつか行ってみたいものだ、と。
失われた都、サンディーノへ。
魔神の力を得た、美しい姉弟に逢えるのならば。
これにて「罪と咎」は終了です。砂の都の彼女と彼は、永遠にそこにあり続けます。それを望んだ二人ですから。