表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪と咎(つみととが)  作者: マオ
11/12

終わりに……CONLUSION

 サリュは見た。自分の人生が終わるその瞬間に。

「サリュ」

 何よりも大切なその姿を。

「……わしは……永遠にあなたたちに……」

 枯れはてた老人の、唯一の泉。

「お仕え……したいのです……」

 その願いと同時、サリュの命は尽きた。

『彼女』は倒れ伏している老人にそっと触れる。細く白い手が優しく触れる。その両手の中指には、今まではなかった複雑な紋様の入った指輪が光っていた。とてつもない力を宿したものだと、その場に居た者が気付いたかどうか。

「サリュ、ありがとう」

 封じられたはずの声で、『彼女』は言う。

 わがままを聞いてくれて。今まで護ってくれて、仕えてくれて。

 そして今、その命かけた願いを聞いた。それがあなたの最後の願いなら。

 そうあなたが願うならば、わたしは応えよう。

『彼女』はゆっくりと立ち上がる。サリュを手にかけた追っ手たちが我に返って武器を構えた。

『彼女』の大切な人を手にかけた人間たち。

 腐った国の上で、まだのうのうと暮らそうとしている人間たち。

「あなたたちが殺してきた命は……あなたたちよりもずっと価値ある命だわ」

 それを知らずに消してきた。知らないフリで消してきた。

 今こそ、その命を持ってつぐなえ。

『彼女』の後ろで、今さっき事切れた老人は目を開ける。尽きたはずの命があることが自分にも理解できた。『彼女』がもう一度その機会をくれた。

 ああ、と老人は歓喜する。もう一度、この方にお仕えできる。

 それも、永遠に――!

 老人は吼えた。その身はもう人ではないけれど、何よりも力ない老人の体ではないことが嬉しい。これで護れる――誰よりも大切な方を!!

 ゆっくりと身を起こす。先ほど自分を突き刺した刃がぽろぽろと落ちてゆく。ひどく小さく細く頼りなく見えた。

 刃が自分を傷つけることはもはやない。

 自分を刺した人間たちが恐れおののき退くのが見える。

 自分より弱いものには強く出るくせに、強いものには怯えて命乞いするのか。

 助けてくれと祈るものがいた。魔神に助けを請うものもいる。

 サリュは『彼女』に視線を向けた。この体では人の言葉はもう使えないだろう。喋ろうとしても出るのは唸り声だけだった。それでも『彼女』には通じている。

 (あるじ)たる『彼女』には充分に老人の声が聞こえている。サリュがなにを望んでいるのかも。

「サリュ、構わないわ。あなたがしたいようにすればいい。ここはもう滅びるだけなの。こんな歪んだところは、もう終わり」

『彼女』はそう言ってくれた。そうか、と老人は理解する。魔神はもうどこにもいないのだ。いるのは、老人が何よりも大切にしていた二人。

 あきらめなかった二人が、奇跡のような現実を手にしたのだと理解した。

 サリュは咆哮する。それは喜びの声だった。開放を告げる声だった。

 サンディーノの終わりを告げる声――。


              ***


 シェリは見た。門で追っ手に斬られようとするその瞬間に。

「シェリ」

 シェリは聞く。もう二度と聞けないであろうと覚悟していた声を。

 追っ手はひるんだ。追っ手にとって『彼』は姫君の婚約者だ。うかつに剣を向けていい相手ではない。そのわずかな瞬間で、今の『彼』には充分だった。

 手にしていた棍を軽く振るう。金属で補強していたはずのそれは『彼』が魔神に挑む前とは様変わりしていた。今は銀色の竜が巻きついている。

『彼』の髪の色と同じその竜が、とんでもない力を持っているものだと、シェリは気がついた。そして理解した。

『彼』らが奇跡を手にしたのだと。

 追っ手たちが砂の塊に変化した。『彼』が棍を軽く振っただけで、だ。

 ああ、間違いない。シェリは確信した。今自分の目の前にいる方は、ご自身の力で未来を切り開いた。きっと『彼女』も無事だ。良かった。

 恐ろしい力を目にしておきながら、シェリが思うことはそれだった。

 良かった。たとえこの場で『彼』にこの身を砂と変えられようとも構わない。

 良かった。この方たちが無事で良かった……!

 ただ一心にそれだけを思う。この後サンディーノには滅びがあるだろう。自分もその中に含まれても構わない。ただ、この方が幸せであればいい。

『彼』は笑った。少年らしい微笑だった。シェリの考えていることが伝わっている。

 くすくす綺麗に笑いながらこう言った。

「シェリ。君をこの街と一緒に沈ませるつもりはないよ」

 ふわりと、自分の身が浮くのをシェリは感じる。足先が地面から離れている。

「生きてほしい。君がぼくたちにそう望んでくれたように」

 竜巻が起こった。シェリは娘たちとその中にいるというのに恐れはない。恐れるわけがない。

「そして、ね? もう一つわがままを聞いてほしい。これは塔の中にいた君たちにしかできないことだから」

 サンディーノが遠くなる。『彼』も遠くなる。それでもその声ははっきりと聞こえた。

『彼』の願い。わがままなどではない。そうするべきだとシェリも思う。

 もう二度と、サンディーノのような場所は作らせない。こんな歪んだ場所はあってはならない。そのためには、ほかの人々に伝え続ける必要がある。

 こんな愚かな真似はしてはいけないよと、言い続けなければ。

 人は愚かだから、醜いから、せめて同じ過ちを繰り返さぬように。

「はい……はい! お守りいたします、その役目を……この命ある限り!」

 塔の中にいた娘たちと、シェリにしかできないことを、託された。

 腐りきったサンディーノの実情を後世に伝える語り部として。

 ああ、とシェリは思う。なんて幸せなのだろう。

 大切な方に望まれた。生きてほしいと望まれた。何より大切な役割を託された。

 これ以上の幸せがあるだろうか。

 竜巻が娘たちをそっと優しく町や村に下ろしてゆく。サンディーノが滅ぶことをこれから彼女たちは伝えてゆくのだ。

 最後にシェリが残された。天高く竜巻は上り、サンディーノの最後をシェリに見せた。

 咆哮が聞こえる。シェリにはそれがサリュだと理解できた。サリュはあそこへ残るのだ。サリュ自身がそれを選んだのだろう。少しうらやましかった。『彼』らにお仕えしたい気持ちはシェリも同じだ。

 でも、自分には役目がある。優しい竜巻が町に近付いてゆく。あそこで、自分にできることをしよう。シェリは胸に手を当て、『彼』に向けてそう誓う。

 託されたこと、この命の限りお伝えいたします。

 ですから……お待ちしてもよろしいでしょうか。

 いつかもう一度、あなた様方にお仕えできることを。

 サリュのように、永遠に――。

竜巻が消え、シェリはふわりと地面に降ろされた。それから一輪の花が彼女の手に舞い落ちる。

 砂漠にありえない、鮮やかな白い花。

 それが約束だと、シェリは理解した。


            ***


「何が起きておる!?」

 騒ぎの中、姫君はそう叫ぶ。

 贅沢ぜいたくで華やかな宴は一瞬にして終わりを告げた。

 水が枯れ、緑が失せてゆく。なにが起こっているのか誰も理解できていない。

 竜巻が起こり、何も知らない子供の姿だけが消えた。残っているのは腐敗を知っていながら、その上で安穏と暮らしていた者ばかり。

「一体なんじゃ! どうしたというのじゃ!」

 王が叫ぶ。娘の命惜しさにほかの娘を犠牲にしていた王。

「なにが起こっているのか、わからない?」

 鈴のような美しい声がした。誰もがその声に動きを止めた。聞いたことがないような美しい声。目をやると、月を背に、妖精(ジン)かと思うような美しい娘が立っている。

 姫と同じ年頃のようだが、姫よりも遥かに美しい娘だ。

「……そ、そなたは?」

 王はうろたえた。その娘をほしいと思った。今あるハレムの中の女のどれも目の前の娘にはかなうまい。この期に及んでも、王は己の権力を疑っていなかった。己が望むものは何でも手に入ると思っている。魔神の力がかなえてくれると信じていた。

「あなたが知る必要はない」

 その傍らに、少年が立っている。銀髪の――愛娘の婚約者に選んだ少年だ。

 二人とも、美しかった。まるで人ではないかのように、幻想的でただ美しい。

「あ、アジュ?」

 姫が呼びかける。少年は応えない。必要がないからだ。

 王も、姫も、この国も。

「さよなら、汚い大人たち」

 風が吹いた。少年と少女の姿は消え失せる。

 王は最後まで何も分からなかった。自分と姫の体が砂の塊になっても。

 豪奢ごうしゃな建物だけが残り、人の姿はサンディーノから消え失せた。


 その夜、サンディーノは砂に沈む。遥か昔に絶滅したはずの砂竜が上空を飛び、その背には二つの人影があった。

 以来、夢の都は竜巻に閉ざされる。

 嘘と欺瞞ぎまんと欲望が渦巻いていた腐敗の都は一夜で消滅し、入ることを許されぬ、幻の都と化した。

 それが、百年前の話。

 遠い遠い過去のお話。

 ほんとうにあった、これが真実。


子供だからできる選択と、大人がした選択。その末路は終焉でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ