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罪と咎(つみととが)  作者: マオ
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命運……FATE・3

 たいまつが、円を描く。たどり着いた先は円形の部屋らしかった。たいまつが灯ってはいるものの明かりは部屋の隅のみで、中心までは届いていない、そんな部屋で。

「待っていた……姫君よ」

 低い――女の声がアジュとリッカを迎えた。

 黒の中、同色の何かに腰掛けている女。中心は暗いのに、何故かその女だけは姿が確認できる。顔の半分以上を隠す奇妙な仮面をつけていた。

 目まで覆い隠されて、こちらを見ることなどできないはずなのに。

「……おや、二人か」

 女は、アジュとリッカを認めて見せた。

「男と……女。何故? 姫と王子か……?」

「お前が、魔神なのか?」

 アジュの声に、女はゆっくりと笑った。

「ああ――そうだ」

 すぅ、と……立ち上がる。

「魔神を殺して、力を得た者だ」

 くくくく。女は低く笑う。

「だから今は、私が魔神だ」

「魔神を……殺し……!?」

「昔話をしよう」

 アジュとリッカの驚きをさらりと聞き流し、己を魔神という女は語り始めた。


「始まりはこの国ができる前。この砂漠の地に独り、魔神がいた。そこへ水を求めて移動する一族が現れ――内の娘が魔神に見初められたのだ。一族はこの地に永住を決める。水も緑も魔神の力で豊富に与えられた……」

 それがサンディーノの始まりか。この呪われた国の。

「だが、若い男が反抗した。もともと娘の夫となるべく決められた男だ。己の妻となるべき娘を魔神に奪われ逆上した。男は魔神の不意をつき、剣で斬りかかった――」

 女は自分の仮面にそぉっと手を添えた。

「魔神は男を難なく跳ね除けた。男は剣を己の腕ごとちぎり飛ばされ絶命した。

そして、飛んだ剣は」

 仮面が外される。

「離れて見ていた幼子の顔を切り裂いた」

 そこにあるのは両目を斜めに切り裂いた無残な傷跡。

「それから二十年ほどたった頃、魔神とその妻となった娘を疑いが襲う。互いに誰かほかの人物と通じているという噂が元となった。醜い口論だった……人間を遥かに超えているはずの魔神が口汚く妻をののしる……妻も夫を疑い、泣き叫んでいた」

 仮面を再び顔にまとい、女は笑った。過去に起きた出来事をあざ笑っている。

「……そこを、私が突いた。魔神の背をめがけて剣を突き刺した。何の力もなかった女の剣はあっさりと魔神を貫いた。揉みあっていた妻をも同時に貫いて。あっけなかった……私が流した噂だとどちらも最後まで気付かなかった。人を超えた力を持つ魔神ですら」

 ふふふふ。笑う声がこだまする。

「魔神は死に、その力は殺した私に宿った。この面がその証……」


 指先が仮面を撫でる。姉弟にはその仮面から、強い力が発せられているのが分かる。

 女の言葉は本当だろう。なかば以上を狂気に浸っているが、その力だけは本物だ。

 だが、腑に落ちないことがある。女の独白は止んだようなので、アジュは問う。

「お前は何故、姫を望むんだ。女のお前が」

 そういう性癖の持ち主かとも思ったが……何か違う気がする。

 ならば、何故王家の姫君を望むのだろう。

「生き返るだろう」

 女はこともなげにそう言った。

「何……?」

「高貴な血を注げば、いつか魔神は蘇る!」

 高ぶる女の声に応じるかのようにあたり一面を光が照らした。そうして初めて姉弟は室内の様子を見た。

 山と積まれた少女の死体と、先ほど女が座っていた場所に干からびたミイラ。

 その腹にはさびて原型のないものが刺さっている。

「これが魔神」

 うっとりと……女はミイラを撫でる。愛しくて仕方がないというように。

「私が愛した魔神……私だけの」

 独占したかった。そのために殺した――と。

「魔神のために血を注ぐ。そうすれば、いつか目覚めたときに私だけのものになる」

 そこには厳然たる狂気があった。もはや常識は通用しない。自分だけの、独自の世界しかない。

「ほんとうなら、一人でなく皆殺して血を注ぎたいが、血が絶えても困る。だからいつも一代一人の姫としていたのだが……」

 そこでようやく、嬉しそうに女は姉弟を『見』た。

「今回は二人か……嬉しいぞ……くくくっ。多ければ多いほど魔神は早く蘇る……」

 女は魔神の腹から突き出ているさびたものを手に取った。それは見る間に生き返る――銀の輝きを宿す刃へと。

「さぁ……おいで。王家の高貴な血を注がねばならない」

 蘇るわけがない。思いながらアジュは金属で強化してある棍を構えた。

 高貴な血を注いで命が蘇るなんて聞いたことがない。禁呪にすら存在していない。

 女が勝手にそう考えて実行しているだけだ。狂気にさらされた頭で考えることなど常人に理解できる代物ではない。

 それに、今まで注がれた血は王家のものではないのだ。

 いつからか、全てが歪んだ。

 いや、最初から――この女がやったことから歪んでいるのだ。

 歪みはねじれ、もはや修復できないほどだろう。

「無駄だよ……全部」

 リッカにしか聞こえない小声でアジュは呟いた。

「ぼくがお前を殺すから」

 地下にいる歪んだ女。ねじれを正すつもりもない地上の人々。

 ならばいっそ、壊してしまえ。

 ガキィ!! 金属が打ち合う音が室内に響く。


             ***


「待てぇッ!!」

 追う声が夜を切り裂いた。

 わけも分からず、ただサリュとシェリについてゆく娘たち。七人も連れて逃げ切れるはずがなかった。中には気がふれているような娘もいるのだから。

 それでもシェリは必死に叫ぶ。

 背後に迫る追っ手の灯が絶望的なまでに近付いて来ていても。

「走って! 走るのよ!」

 生きるために。

「早く!」

 少しでも長く生きるために。

「シェリ、先に行け」

 サリュが言う。老年の彼はもう息が切れてきている。

「えっ……サリュ?」

「わしがくいとめる」

 慣れぬ剣を手に、老人は身構える。

「死ぬのは……オイボレからでいい」

「サリュ……!!」

「行け。リッカさまの願いをかなえてやってくれぃ」

 シェリは何も言い返さなかった。頷いて娘たちを率いて走った。

 サリュの思いを理解していたから、振り返らなかった。

 ――追いついてくる民の灯に、怯えることなく臆することなく、サリュは静かに思う。

 お仕えできたことを後悔していない。ただ思うのは、もっと長く、できれば永遠に姉弟に仕えたかった。かなわぬ夢であろうが、それでも……。

「……先にゆくことになりそうです、リッカさま、アジュさま」

 願わくば永遠に、あなた達をお守りしたかった。

 ……鋭い刃が次々と老いた体を貫いた。枯れた体にもこれほどの血が流れていたのかと、ぼんやりと思うサリュの視界は、真紅の渦に包まれ――……。


                  ***


『知らないでしょう』

 ――彼女の目の前では、女とアジュが戦っている。武術、魔術ではアジュが勝っているが、女には妙な力がある。手も触れず、呪文も唱えずにアジュを吹き飛ばす。

 おそらくこれが魔神の力だ。自身の身に防御結界を張り巡らせているため、アジュは傷一つ負っていないが、女の妙な力のせいで彼のほうも効果的な一撃を当てられない。

 年齢の割に達人といってもいいアジュですら、苦戦していた。

 ひとりでは無理。どうしようもないくらいの事実だ。そしてその事実は、姉弟のどちらとも予想していたことであった。

『知らないでしょう、わたしを』

 リッカはそっと、指輪に触れる。最愛の弟の血を宿した、約束の指輪。

 アジュがいればいい。永遠を彼と誓った。アジュだけが、全て。

『わたしの強さを』

 ためらわない。迷わない。細い指はゆっくりと複雑な印を結んでいく。ひとつひとつ、確実に。

『二人で生きてゆくために』

 真昼の空色の瞳は、強く女を射抜いていた。女は気付ず、アジュだけを見て戦っている。喋れもしないリッカなど最初から眼中にないようだった。

『あなたは邪魔なの』

 それが、命取りだった。アジュが飛びのく。彼はしっかりとタイミングを計っていた。

 その瞬間にようやく女は気付いた。

 物言わぬ花嫁が己を指したことに。

「――!?」

 気付いたときにはもはや遅い。禁呪が発動する。

 女か感じたのはドンッ!!という重さだけ。

「ば……かな……ど、うやって……呪文をっ!!」

 魔力が球を形作り、炸裂する。音はない。絞り込まれた衝撃は、わずかな範囲をズタズタにしてのけた。中心に、手足を失った女が倒れる。

 少し離れただけのアジュにはかすり傷一つない。驚異的なまでの制御力である。

「呪文は印で代用できる……それを知っているのはぼくたちだけだけれどね」

 手足の再生を始めた女に、アジュは近付く。あれだけのダメージで死なないのはさすがだが、再生に手一杯で女にはもう反撃の術はない。

「お前は邪魔なんだ」

 女の顔面に渾身の力で棍を撃ちつける。

「アアアッ! やめろぉっ!!」

「いやだ」

 五度目で仮面にひびが入った。

「いやっ、いやぁッ!!」

 女が叫ぶ。仮面にひびが深まるほどに、再生のスピードが落ちてゆく。

 アジュはかまわない。

 リッカも冷たく女を見下ろしている。

 七度目でひびはさらに大きくなり、九度目で仮面は二つに割れた。

 そこに宿る力が室内にあふれ出してくる。

 目には見えない力が、アジュとリッカの周りに集い始めている。

「うああああああッ!!!!」

 悲痛な叫び。力が失われていくことが嫌でも女に理解を強いる。

 もはや魔神の力は女のものではない。

 徐々に、女を打ち倒した姉弟へと移ってゆく。

 女が魔神を殺したときのように。

「いやだっいやだっ! 私は魔神を蘇らせて……!」

「そんなこと、ぼくは知らない。関係ない」

「私がこんな顔だからかっ!? だから皆邪魔するのかッ!! 私は、私はァアアッ!!」

「お前なんか知らない――」

 揺らがないアジュの声。無慈悲な一撃が、女の額を撃った。

 後を追うようにリッカの魔法が女を穿ち――全てが終わる。


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