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平等社会

 昔、だれかが言った。「人間はみんな、平等であるべきだ」と。そして、その格言は時代を超えて、国のトップが実現した。

「国民のみなさまに、平等社会が訪れることを宣言いたします。この国は、全国民が平等に暮らせる世の中に生まれ変わるのです」

 国のトップが平等社会を宣言してから、国の規律は大きく変わった。まず、国民を管理していた法律が撤廃され、善悪の基準をクジで決めるようになった。国のトップは、それこそが平等であると判断したのだ。

 ここで、平等社会がよく分かるサンプルを公開する。


「何見てんだこら!」

 サンプルは、天運てんうんと言う名のならず者。天運は働きもせず、道歩く人に喧嘩を売るようなチンピラだ。警察署の常習犯にもなっており、町の人々も、「運天は町の恥さらしだ」と見捨てていた。だが、そんなどうしようもない天運を、平等社会が大きく変える。

「俺が何をしたって言うんだ! 今すぐお前を豚箱に送ってやるからな!」

「やってみろよ。てめえで何もできないからって、国に頼ろうなんてやつが調子づいてんじゃねえ!」

 今日も天運は、町歩く人に対して無意味に暴力を振るう。いつもならばすぐに補導されて終わりなのだが、今回は勝手が違った。

「加害者の天運さんと被害者の不運さんですね! さっそく、クジを引いてください!」

 現れたのは警察ではなく、二本の棒が入った箱を持って現れた集団。

「なんだ……てめえら?」

 唐突な展開に、状況を把握することができない天運。不運も、同じく状況を把握することができていないようだ。

「ご存じありませんでしたか。では、説明させていただきます!」

 この国では、犯罪トラブルもクジの結果によって判断する。まずは、双方が「有罪、無罪」の二本のクジが入った箱からクジを引き、罪の有無を決定する。その後、加害者側が有罪になった場合は、被害者が「大中小」の三本のクジが入った箱からクジを引き、罪の重さを決定する。逆に、無罪となった場合は、その場で加害者側の罪がなくなり、審判が終了する。

 不運は、クジで罪を決めることに不満を示したが、天運はおもしろそうだと微笑んだ。

「おもしれえ。あんたも、うだうだ言わずに引きな。もしかしたら、俺を地獄に落とせるかもしれねえぜ?」

 迷いなく左のクジを引く天運。天運がクジを引いたことで、箱を持つ集団からジッと見つめられる不運。そんな状況に耐えかねたのか、不運も、しぶしぶ右のクジを引く。

「結果がでました。天運さんが不運さんに働いた暴力に対する罪は……無罪です」

 その瞬間、天運はニヤッと笑う。天運だって、何度も警察に補導されている身だ。どんなことをすれば罪になるかということぐらいは分かる。だが、結果は無罪。運の続く限り、自由に行動できることが今ここに証明された。

 それとは対極に、不運は必死の形相で箱を持つ集団に掴みかかり、罵倒を浴びせる。だが、箱を持つ集団は慌てる様子もなく、冷静に言葉を返して不運を黙らせた。

「この国は平等社会に生まれ変わりました。これまで基準が定まっていなかった善悪を、すべてクジが決めてくれるのです。つまり、あなたたちの運命は、クジが決定するのですよ。これが平等というもの。あなたたちが求めたものなのですよ?」


 それからというもの、天運は好き放題に犯罪を犯した。どれだけ暴力を振るい、金を巻き上げ、女を襲っても、クジが無罪を示してくれる。天運は、天に恵まれているかのごとく運がよかった。

「お前なんて殺してやる! クジがなんだ。平等がなんだ! 俺は、お前ほど憎い人間を見たことがない!」

「やってみろよ。国は平等社会に力を入れてるんだ。平等に背くような行動を取ればどうなるか分かってるよな。お前はおろか、家族やその周りにまで被害が及ぶぜ? お前にクジから逃げる力があるか? 悔しかったら俺に有罪を引かせてみろよ。そうすりゃ、俺もどうなるか分からねえなぁ」

「……」

 何も言い返せない被害者を見て、加害者の天運は笑い転げるように大笑いする。

「最高じゃねえか。前までは国なんてクズの集まりだと思ってたけどよ、今じゃ俺も愛国者だぜ。平等っておもしれえよなぁ。どれだけ条件を同じにしても、結局はまた格差が生まれる。そうしたら、またお前らは『俺たちのような弱者にも平等であるべきだ!!』と嘆くんだろ? ほんと、とんだお笑い草だぜ」

 今までは「町の恥さらし」として見下されていた天運だが、この平等社会により、町の人々から恐れられる存在となった。だが、そんな状況がずっと続くわけがなかった。天運の悪行を止めようと、一人の女性が立ち上がったのだ。


「待ちなさい」

 女性が天運を呼び止める。

「おっ、女だ。しかも、きれいじゃねえか」

 天運はいとも簡単に立ち止まり、女性の方を向く。天運からすれば久しぶりの獲物なのだ。しかも女性とあれば、心ゆくまで快楽を楽しむことができる、最上級の獲物といえる。

 そんな獲物を逃すはずはない。会話をかわすこともなく女性に向けて襲い掛かり、女性に触れる。

「触れたわね?」

「これから、気が狂うほど触れられることになるぜ。嫌ならクジでも引いてみるかい?」

「そうね。あんたに好き勝手されるのは反吐が出るし、引かせてもらおうかしら」

「そうか。多少、時間が伸びるだけなのに、ご苦労なことだぜ」

 クジを引くことが決定すると同時に、箱を持つ集団が現れる。そして、クジを引くように促すのだ。

 天運は迷うことなくクジを引く。女性も、迷うことなく残ったクジを引いた。

「結果がでました。天運さんが天愛あまなさんに働いた強姦に対する罪は……有罪です」

 その結果に、天運は驚きの色を隠せない。平等社会になってからというもの、有罪になるのは初めてなのだ。

「なぜだ! なぜ、俺が有罪になる!」

 そんな天運の言葉に、呆れるような声色で言葉を返す天愛。

「当たり前じゃない。クジがあんたを有罪だと判断した。それだけのことよ。さぁ、次のクジを引くわよ。あんたの罪の重さを決める運命のクジをね」

「……くっ」

 ここで暴れればどうなるかは容易に想像がつく。天運は罪を受けるしかない。だが、まだ天愛が「小」を引けば軽い罪で済む保証はある。天愛がクジを引くのを、緊張した面持ちで見守った。

「当然の報いね」

「大……だと」

 だが、クジは「大」を選択する。これで、天運が重罪を背負うことが確定した。

「残念ね。あんたは私にちょっと触れただけなのに、大罪を背負うことになるわ。さぁ、次はあなたが引く番よ。最後のクジを引きなさい」

「まだあるってのか?」

「そうよ。私は最後のクジを引いてきた人間をたくさん見てきた。あんたの、罪が決まるのよ」

 これが最後の審判。「大」のなかにあるいくつもの選択肢のなかから、ひとつの罪が選ばれる。大量に用意されたクジのなかから、一本を引くのだ。

 天運は天愛を睨みながらもクジに手を伸ばす。天運はもう引くしかないのだ。今まで平等社会でいい思いをしてきた天運は、クジに抗うことなどできなかった。

「……うそだろ」

「許すまじ大罪人、天運の処罰が決定しました……死刑。天運は死刑です」

 天運の処罰は死刑となった。だが、天運は納得できない。確かに強姦を働こうとはした。しかし、おこなったことは少し体に触れただけ。罪に問われるようなことは何もしていない。だが、それは天運が今までにおこなってきた、町の人々に対する犯罪行為にも同じことが言える。天運は罪に問われるような犯罪を、クジの力で無罪にしてきたのだ。

 どれだけいい思いをしていても、少し運が悪い方に傾くと、人生すらも捨てなければならないことになる。それが平等社会というものの実態。人一人の運命は、クジひとつで決まってしまう。

「認めねえぞ! 俺の命は、こんなもんに奪われるほど安くねえ!」

 天運の抵抗に対し、呆れたようにため息をつきながら、天愛が言葉を返す。

「都合がいいわね。そのクジに運命を委ねてきたのはあんたなのよ」

「……うっせえ!」

 暴れだす天運を、箱を持つ集団が抑え込む。その状況を見た天愛は、その場を離れるように歩き出した。

「でも、あんたの言うことも分かるわ。確かに、クジなんかに決められた平等なんてまっぴらよ。いくら私が天に愛されたような運を持っていたって、ひとつもいい気はしない。この先、私の進む道に不平等が降りかかったとしても、辿る運命は自分で切り開いていきたいもの」

 その後、天運は処刑され、天愛は国を去った。ひとつの運命が、クジによって動かされたのだ。


「この国は、全国民が平等に暮らすことができます。幸福を手に入れるも、不幸を抱え込むもクジ次第。さぁ、あなたもこの国で平等な生活を手に入れましょう……」

 今日もどこかで、運命がクジによって選択されている。

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