そして私は、世界の終わりで星を見上げた。
「世界、終わっちゃうね。」
いつのも雑談を始めるように彼女は口を開いた。内容に見合わない笑顔がこの世界の日常となるほど世界は、狂っていた。
「……そうだね。」
「こーんなにあっという間に終わるもんだね!」
いつものようにベンチに腰掛け、空いている方を叩き、私を呼ぶ。この光景も明日にはない。
「ほんとに。わかってから早かった。」
「隕石落ちるの確定!ってなってから早かったねぇ。」
「公共交通機関が止まって」
「ガスも電気も止まって」
「国のお偉いさんが中継中に泣いて逃げて。」
「あれは申し訳ないけど面白かったなぁ。」
くすくすと笑う姿に胸がキリ、と痛んだ。それは彼女の今宵の結末を私はもう知っているからだ。それでも彼女の願いのために私はいつも通りの友人を装う。
「……まぁそのせいで国としての機能もなくなってさ。」
「どこの国も似たようなもんらしいよー」
彼女の方もいつもより口数が多く、その手は震えていた。
「だろうねぇ。」
私はそっと、その手に自分の手を重ねた。手はまだ温かかった。
「でもさぁ。」
震える声を隠すように、すっと張った声で彼女は空を見上げた。
「星は綺麗、だよ。」
「……まぁね。」
憎らしいほど、確かに夜空は綺麗だった。綺麗なはずなのに、私は身震いをした。星が高みの見物をしているようだった。
「あの頃よりよく見えるねぇ」
「電気ないからね。」
「こんなにも世界って綺麗だったんだねぇ。まぁ、もう終わるんだけど。」
急な話の転換に彼女らしさを感じて思わず吹き出してしまう。吹き出してから、これが最期だと実感して心が空虚に満たされる。
「もう少しロマンチックに感傷に浸る気は?」
「ないよぉ、そんな余裕ないんだから。なんとかこう、現実を笑い話にすることで正気をたもってるんだからさぁ。」
彼女は、あと数分で死ぬ。自らの手で口に放り込んだ薬によって。
「そんな気はしてた。無理しなくていいのに。」
「いや!最後まで笑ってるって決めたの!」
彼女の笑みは引きつっていた。それでも私と最後まで普通に話して終わりたい。涙ながらに訴えてきた先ほどの彼女を否定する気にはなれなかった。
「そう。あんたらしい。」
「えへへ。」
少し眠いのか舌足らずな返事だった。
私はポケットから支給された薬を取り出し、眺めた。
「しかし、こんな薬なぁ。」
「なんていうんだっけ、救済の薬?」
「それはどっかの危ない団体がつけた名前。本当は安楽死用の薬らしいね。」
どうせみんな死ぬんだからと狂った国が医療機関にばらまかせた薬。この一錠でどんな人でも死ぬ。安らかに。
「ふぅん。」
「もう飲んだんでしょう?どうなの。」
「ねむい。」
「だけ?」
「だけ。」
言ってることは間違いではないようで、確かに顔は溶けそうなくらい眠気で緩んでいたが、顔色や呼吸になにも影響はないようだった。
「眠くなってそのままか、悪くはないね。……みんなどうせ死ぬからってこれ配る国の頭はよくない気はするけど。」
ぼやく私の横で彼女の首が揺れている。あぁ、その時が近づいている。
「私はよかったと思う、よ。だって怖いもん、待つだけ、なんて。」
「だいぶ眠いね。」
私はぎゅっと彼女の手を握る。まだ温かい。けれどもこの温もりももう消える。
「うん。でももう少しはなしたい。さいごだから。」
「そうだね。最後だから。」
最後なんて、と喉まで出た言葉もぐっと飲み込み吐き気がした。この狂った世界での、彼女の決心を無駄にするわけにはいかない。
「……昔さ、みんなであそんだよね。このこうえんで。」
「うん、遊んだ。」
「あなたに声かけたの、わたし、だったね。」
「そう、本、読みたかったのに無理やり。」
あの日の私は周りに混じるのが苦手な子で、いつも木陰で本を読んでいた。ずっと寂しかったことは今でも覚えている。
「……嫌だった?」
「嬉しかったよ」
「ほんとぉ?よかった」
彼女が私を見つけてくれたから、私は独りぼっちじゃなくなった。
けれども今、私はその彼女に置いて行かれるところなのだ。
ぐわん、ぐわん。と揺れが大きくなる体をそっと支えた。
「危ないから、私の膝で寝なよ。」
「うん。あいがとぉ。」
ことん、と抵抗なく彼女は私の膝に来た。いつものことだった。眠くなった彼女はいつも私の膝で寝ていた。いつものことなのに、息が苦しい。
「……みんな先いっちゃったね。」
寝言のような大きさでぽつりと、彼女の声がした。きっと小さすぎて星にはとどいていないだろう。
「うん。」
「母さんも父さんも先にいっちゃった。」
「それなんだけど、どうして一緒にいかなかったの?」
彼女の両親は薬をもらってすぐ使った。だから彼女の家族はもうとっくにこの世界にはいない。寂しがりな彼女が一人、残ることを選択したのがずっと意外だった。
「だって、きみが、さみしい、かなって。」
寂しいよ。そりゃ。胸がまた痛い。私は平静を装う。
「それはどうも。」
「でもやっぱりこわくて。……きみはまだいてくれてよかった。」
「いるよ。寂しがりなあんたのために。」
手がぎゅっと結ばれる。心なしか、少し彼女の手は冷たくなっていた。
「ふふっ、うれしい。」
気のせいではなかった。よく観察すると、彼女の呼吸は浅く、弱くなっていた。確実に手は冷たかった。私は少し耐えきれなくなった。
「でも酷い。いっしょに薬は飲むなって。」
「だってぇ、私のわがままで、きみの、いのちが」
だからって、置いていかないでよ。
「どうせみんな死ぬんだから変わんないのに。」
私は涙が出ないように、舌を噛んだ。泣くのは、まだだ。
「あと、死ぬまでいてほしかった。……先にそっちが薬効いちゃったら、さ。」
「まぁ、確かに。」
その置いていかれる怖さを今実感している私は何も文句が言えなかった。
「うん、ごめ…」
はっと、息をのむ。彼女の瞼はもう開いていない。もう、時間だ。
「眠いね。」
「うん……ねぇ。」
「なに?」
彼女の最期の言葉のかけらを逃さないように私は身をかがめた。下を向いたせいで貯めていた涙が頬を伝った。
「わたしと、さ。」
「うん」
「なかよく、してくれて」
「…うん。」
「であって、くれて」
「……うん。」
泣いていることはきっともう彼女にはわからない。それでも声を殺して、涙を拭う。
「ありがと、ね。」
「こちらこそだよ。天国があるかないかわからないけど、そっちで会えたら、また、一緒に……。」
あ。
一瞬、心臓が止まった。
撫でていた私の手になにも伝わらない。
呼吸する体の膨らみも、声も、寝息も、気づけば消えていた。
「……もう、いったか。」
ずるいや。
そう思いながらも彼女の頭をゆっくりと撫でた。いつものままの綺麗な髪だ。
私はポケットにしまい直した薬をもう一度手に取った。
ゆっくりと封を開け、夜空に透かす。そして、口に入れた。
寂しがりやを見届けたことだし、私ももう行こう。きっとあっちでも寂しがってるだろうしから。
私は頬に涙が伝うのを無視して、星空に向かって呟いた。
「じゃあ、おやすみ。私の親友。」
そして私は、世界の終わりで星を見上げた。




