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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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トントンカッが聞こえたら

作者: 黒山兄壱
掲載日:2026/07/11


「田舎は静かで暮らしやすいから」


 そんな上司の言葉が嘘っぱちだったという事は、駅に降りた瞬間にすぐ分かった。


 確かに私が以前住んで居た所に比べれば田舎だろう。

 商店街も寂れているし、辺りを歩いている住人は全体的に高齢に見える。

 そして田園地帯や畑が町の北部に広がっているため自然も多い。


 ただ国道が通っているため交通量が多く、車による騒音がよく耳に入ってくる。

 それに、私に用意された社宅が農家の多い地域にある元空き家だったため、早朝から農機具のエンジン音で目を覚ましてしまう事が多々あった。

 そもそもその社宅のすぐ裏が田んぼなので、カエルや虫の鳴き声で夜はもの凄く騒々しい。


 とにかく、うるさくて暮らしづらい土地だったのだ。




 本当ならこんな所に来たくは無かった。

 しかし本社から支社へ誰か一人転勤しなければならなくなった時、真っ先に白羽の矢が立ったのが私だったのである。

 まだ若く独身で、その上扶養する家族もいない。

 つまり一番身軽だったのだ。


 断れるなら断りたかった。

 だが私が行かなかったら他の、例えば家族がいるような人間が行く羽目になってしまう。

 そうなれば会社の負担的な意味でも、人間関係的な意味でも他の社員たちから白い目で見られ居づらくなっていた事だろう。


「1年で戻してあげるから……」


 上司のその言葉を信じて私が行くしか無かったのである。


 しかしそんな風にやって来た支社だったが、こちらも決して良い所では無かった。

 名目上の私の仕事は、本社と支社との連絡を円滑にするための要員、および支社の仕事内容のチェックという事だった。

 だが実際には私を介しての本社と支社とのやり取りなど殆ど行われない。

 また、チェックをしようにも自分にはすべての仕事内容を確認するような権限が与えられず、見える範囲のデータをただ確認する事しか出来ない。


 つまり、本社の人間が支社にいるというポーズのためだけに、私はこんな所に飛ばされてしまったのである。


 ……だからか、支社の社員たちの見る目は冷ややかだった。

 本社から送り付けられたお荷物、それが私に突き付けられた評価であった。

 仕事らしい仕事も出来ず、周囲の信頼関係も築けないまま時間だけが過ぎて行く。




 そうして、転勤から1年が過ぎた。

 しかし本社からの異動命令が一向に来ないので、元上司にどういう事かと電話を掛けてみると、向こうは大変申し訳なさそうな声で返事をした。


『今代わりのポジションで送れる社員がいなくて……本当に申し訳ないけど、あと1年そっちでがんばってもらえないだろうか』


 その言葉を信じて、私は針のむしろに座り続けるような想いで1年耐え続けた。


 転勤から2年が過ぎた。

 だが本社からの連絡が全く来ないので、私は再び元上司に連絡を取る事にする。

 電話の向こうの相手は、気まずそうな声で返事をした。


『あー……まあ、こっちも忙しくって余裕がね……悪いんだけどもう1年頑張ってちょうだいよ』


 その言葉を信じて、私は焼けた鉄板の上に座るような想いでもう1年耐え続けた。


 転勤から3年が過ぎた。

 やはり本社からの連絡が全然来ないので、どういう訳か元上司に電話をしてみると、向こうは気の抜けたような声で返事をした。


『なかなか代わりの人間が見つからなくてねえ。まあそういう訳だから、もうちょっとそっちで働いてて、それじゃあ』


 話を終えた私は、通話が切れたスマートフォンに向かって舌打ちをした。

 何がもうちょっと、だ。

 これではまるで、本社の他の人間たちのために私が生贄になったかのようではないか。


 そして、元上司への怒りや本社へ帰れるか分からない不安を忘れるべく、私は滅多に呑まない日本酒を開けて、かっ食らった。

 いわゆるやけ酒である。

 支社の人たちが何かにつけて押し付けてくるので、私の家には空けていない日本酒の瓶が無駄に多く置いてあったのだ。

 

 そうして、一升瓶の半分を呑んだ頃だろうか。

 窓の外から、かすかに和太鼓の軽妙な音色が聞こえて来た。


「そっか、そろそろ夏祭りの季節だっけ……」


 今私が住んで居る地域は、夏になると複数の箇所で祭りが行われており、そのいずれも和太鼓による祭り囃子がお披露目されている。

 その練習のため、大体本番の1か月前からその練習が行われるのだ。

 なので、夏の時期になると夜はいつもどこか遠くの方から和太鼓の音が聞こえてくる。


 嫌な気持ちにさせられる事の多いこの田舎だけれど、私はこの和太鼓の音色だけは好きだった。

 昔、お祭りに行った時の楽しい記憶が思い起こされるからだ。

 今年も何か屋台の食べ物でも買おうか、そんな風にワクワクしてきて……。


 ……そこで、私は妙な事に気づいた。


 大体お祭りが行われるのはこの町の駅の周辺、つまり今私が住んで居る家から見て南方面である。

 祭り囃子の練習の音色が聞こえてくるのも南の方角からなのが自然なはずだ。

 だというのに今聞こえてくるのはこの家の裏手……つまり北側からだった。


 私は酒でふらふらになりながらも、裏手側の窓を開けて和太鼓の音色が聞こえて来る方向を確かめてみる。

 窓の向こうは一面の漆黒が広がっていて何も見えない。

 だが、やはり音色は北側から聞こえて来ることに間違いなかった。


 この家の裏手には田んぼ、つまり田園地帯が広がっており人が住んで居るような所ではない。

 だというのに、どうやら音色はその田んぼの方から聞こえてくるようだった。

 一体どういう事だろう……私は不思議に思い外に出て確かめに行ってみようと思った。


 ……が、久々に大量に酒を呑んだ影響で足がおぼつか無い。

 その上頭もふわふわして、このまま外に出るのがなんだか危ないような気がして来た。

 しょうがないので、私は外が気になりつつもその日は寝ることにしたのだった。




 翌日、私は激しい頭痛と倦怠感の中で目を覚ました。

 昨日の自分の行いに後悔を感じつつ部屋の時計を見ると、まだ日が昇って間もない時間という事が分かった。

 今日は休みという事もありこのまま布団の中に居ようとも思ったが、同時にゴミ回収の日だった事も思い出してしまう。

 仕方なく、私は重い頭を引きずりながら布団から出る事にした。


 その時、家の裏手に面した窓の向こうの景色、一面の田園の風景が私の目に入った。

 昨日はたしか、こっちから和太鼓の音色が聞こえてきたんだっけ……。

 その時の事を思い出しながら眺めていると、田んぼの中に妙な空き地がある事に気づいた。


 おそらく田んぼ1枚分くらいの広さだろうか。

 最初、畑か何かかと思ったのだが、何かが生えているようには見えない。

 雑草すら殆ど見えないのが、私には妙に違和感を覚えさせるのだった。


 妙な空き地の事を頭の片隅に浮かべながら、私はゴミ袋を両手に持って近くの集積所へ向かった。

 すると、ちょうど隣に住むお婆さんが同じようにゴミ出しに来ていた。

 私の顔を見ると、お婆さんは人懐っこい笑顔を浮かべながら挨拶をした。


「おめさん、今日はばーか早起きだねっけ。どうしたん?」

「ええ……昨日深酒をしてしまいまして、妙な時間に目がさめちゃって……」

「まーだ若いんらすけ、体大事にしときなっせ?」


 そんな何気ない挨拶の中で、私はさっき見た空き地の事をお婆さんに聞いてみようと思った。

 ここにずっと住んで居る人なら何か知っているのではと思ったのだ。

 私がその事を話すと、お婆さんはそれまでとは一転して嫌そうな表情を見せた。


「……昔、あそこにな? 祠があったんよ」

「祠……ですか?」


 なんでも、今から何百年も昔、この地域一帯で作物が全然取れなくなった時期があったのだという。

 その時、神様になんとかしてもらうためにあの場所に祠と、祈祷をするための広場がつくられたのだそうだ。

 ただ、その祠も何十年も前に雷が落ちて焼けて無くなってしまい、今ではただの空き地が残っただけだという。

 大変興味深い話が聞けて私が関心していると、お婆さんはぽつりと吐き捨てるように言った。


「うちの死んだ婆ちゃんも言ってたが、ありゃあ……嫌なもんだったらしいらね」

「嫌なものって、どういう……」

「”ニエ”がなあ……まああんたが気にするようなもんじゃねえすけ……」


 ニエとは何だろうか……?

 私は言葉の意味を訪ねようとしたが、その前にお婆さんはさっさと家に帰って行ってしまう。

 釈然としない気持ちだけが、私の中に残ってしまったのだった……。




 それからしばらく経って、冬が来た。

 仕事納めがあった年度末のその日、私は元上司に来年こそ戻してもらえるのか尋ねるために電話を掛けた。

 こちらでの仕事……いや、仕事とも言えない何かを続ける事に耐えられなくなり、何か希望のようなものが欲しかったのだ。

 しかし、電話の向こうの元上司の声は不機嫌そうなものだった。


『はぁ……この間も言ったけどまだ無理だねえ。もうしばらく我慢してもらわないと』

「そう言ってもう3年目じゃないですか。本当に戻してくれる気があるんですか?」

『ああ有る有る、本当に有るから』


 ああ、それと……と言って元上司は話を続ける。


『俺、来年から部署が異動になるんだよね。だから今後こっちに電話されても困るんで、用事があるなら会社に直接電話してね』


 言うだけ言ってから、元上司は電話を切ってしまった。


 通話の終わったスマートフォンを私は畳の上に投げつけた。

 何が部署異動だ、結局私を本社に戻す気なんて最初から無かったんじゃないか。

 これでは本当にただの生贄ではないか。


 怒りの収まらない私は、押し入れにため込んでいた日本酒を取り出すとコップにも注がずそのまま一気飲みをした。

 さっさと酔ってしまって、この狂ってしまいそうな感情を忘れたかったのである。


 一説によると、酒を呑むというのは自傷行為と考えられるのだという。

 アルコールによって自分の体を苛め抜くと考えれば、そう間違っていないのかもしれない。


 今、私の腹の中にある感情は怒りである。

 しかしそれは、確かに元上司や支社の人間たちへのものも有るが、それ以上に現状を変えようともしない自分への怒りが一番大きかったのかもしれない。


 今の仕事が辛いなら辞めてしまえばいい。

 元上司が許せないなら今すぐ殴りに行けばいい。

 しかし自分から何かを起こす勇気が持てず、こうして酒を呑んで気持ちを紛らわせようとしている、そんな自分が腹立たしかった。


 潰れろ、お前なんか酔って潰れてしまえ。

 そんな事を考えながら、私は一心不乱に酒を呑み続けるのだった。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 一升瓶の2本目を開けた辺りで気持ち悪くなって横になっていると、窓の外から何かが聞こえてきた。

 ……和太鼓の音色だった。


 嫌な気持ちにさせられる事の多いこの田舎だけれど、私はこの和太鼓の音色だけは好きだった。

 昔、お祭りに行った時の楽しい記憶が思い起こされるからだ。

 今年も何か屋台の食べ物でも買おうか、そんな風にワクワクして……。


 ……いや、おかしいじゃないか。


 以前にもこうして真夜中に家の裏の田んぼから和太鼓の音色が聞こえてきたことはあった。

 しかしそれは夏の、夏祭りが行われる季節だったはずだ。

 対して今は12月、それも年度末だ。

 祭りが行われるなんて聞いたことがないし、三が日の神社で祭り囃子が披露されるわけもない。


 それでは、これはなんだ。


 無性に気になった私は、ふらふらとした足取りながらもコートを着込んで家の外に出た。

 玄関を開けると、真っ暗い闇夜の中を白い雪が舞っているのが目に入る。

 随分降り積もったのか、地面は一面真っ白に染まっている。

 一瞬躊躇したが、私はそのままスニーカーを履いて真っ白い闇夜へと踏み込んでいった。


 懐中電灯を忘れた事に気づいたのは田んぼ道をしばらく進んでからだった。

 しかし、雪が積もっているお陰で真夜中だというのに妙に明るく感じられる。

 これなら道を踏み外さずに歩けずはずだ。

 私は音色のする方向へどんどん歩みを進めていった。


 そうしてたどり着いたのは、やはりあの田園風景の中にぽつんとある空き地であった。

 近くまで行くと、そこには複数の人間が何かをしている様子が見える。

 薄暗いためにシルエットでしか分からないが、どうやら男たちが何かを前にして腕を上げ下げしているようだった。

 腕を振り下ろすたびに和太鼓の音が聞こえてくることから、どうやら彼らが演奏をしているみたいである。


 しかし不思議な事に、男たちは太鼓を叩くと同時にああ……とか、うう……といったうめき声を上げていた。

 その光景を奇妙だと私が思っていると、不意に声を掛けられた。


「あんた、どっちらね?」


 振り返ると、やはり薄暗くてよく分からなかったが、私の背後に高齢と思われる男性が立っており声を掛けてきていた。

 私が戸惑っていると、男性はこちらに近づいて来て何かを握らせて来た。


「まあだ若っけみてだし、今日の所は叩く方やってみ?」


 私が握らされたのは、どうやら太鼓を叩く棒……バチのようだった。

 それに気づいた途端目の前に何か、腰くらいの高さの物が現れている事に気づく。

 これも薄暗くてよく分からなったが、そうかこれが私が叩かなければならない太鼓か……と、そう思った時である。


「うぅ……うあ……」


 目の前の太鼓と思われていたものから、うめき声か発せられた。

 さっき聞いたのは、叩いている男性たちのものではなく、この太鼓が発していたものだったのだ。

 私が動揺していると、背後にいた男性が肩を叩いてきた。


「大丈夫らすけ、こいつら酒でもう意識も無えすけ、さあ」


 そう言うと、男性はバチを持っている方の私の手を握ってきた。


「本当ォにこんげな事して良くなんのか分からねども、どうせ"口減らし"せんばならねしなあ」


 男性は私の手をぐいっと振り上げさせる。

 私は急に嫌な予感を覚えた。

 やめろ、やめてくれ。

 何をさせようっていうんだ。


「さあ、思いっきり! ぐちっと!」


 バチを持った手が、目の前の何かに対して振り下ろされて……。




 そこで私は目を覚ました。

 ガンガンと響く頭を押さえながら体を起こすと、どうやらそこは私の家の寝室の様だった。

 しっかりと布団に入って寝ていた事を考えると、先ほどまでのことは夢でも見ていたのだろうか……。


 そう思って部屋を見回して私はギョッとした。

 ビショビショのコート、そして靴下が畳の上に脱ぎ散らかされていたのだ。

 それは間違いなく、私が和太鼓の音色に誘われて外へ出ていく際に着ていたものである。


 どういう事だろう……私は困惑しながらも、裏の田んぼに面した窓へと向かう。

 窓の外は昨夜からの雪のせいで、一面真っ白に染め上げられている。

 そんな中で、どういう訳か地面がむき出しになっている例の空き地が、雪景色の中にポツンと表れているのが目に入った。

 ……その時。



 ──トントン、カッ……。



 どこからか和太鼓の音色が聞こえて来て、同時に私の手に、何かを叩き潰したかのような感触が蘇った。



(了)

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