女の子こわい
まあほら、俺らって女性が怖いわけじゃん。コンプレックス発動対象じゃん。
こわいこわいじゃん。女の子こわいこわい。まんじゅうくらいこわい。
で、いつくらいから女の子が怖くなったのかなって考えたらまあ、12歳の頃だなって気付いたの。
いや、別に思春期になった途端なんかイケてる奴とイケてない奴に区分けされて一瞬でイケてない側にぶち込まれたから辛かったとかそういうあれじゃないよ。いや、そういうあれもあるよ。あるけどさ、いいじゃんそういう辛い話は今日はさ。
ちょっと昔のトラウマを語らせてよ。
大丈夫、トラウマはトラウマだけど最後は壮大ないい話として無理矢理まとめるから。
【トラウマ】
で、12歳の時に何があったかって言うとさ。
俺、卓球部だったのよ。
いや、だからイケてない組の話じゃないよ。卓球部って言った途端にそういうイメージするのやめて。いい加減にして。よくないよそういうの。
うちの中学の部室はさ、めっちゃ横長いプレハブを4畳半ずつに区切って分けているタイプだったわけよ。
当時は男子女子関係なく全ての部室がべニア板三枚を互い違いに組み合わせたような簡素な壁で隔てられていただけだったのね。
んで、俺達男子卓球部の隣は女子卓球部の部屋だったの。
なので、もちろん隣の女子の部室の笑い声は聞こえるし、なんなら壁ドン(正意)したらキレられる。
しかも、先述したようにべニア板を組み合わせているだけなので、ぐっと押せばその間に隙間ができるので、お互いの部屋から隣の部屋にゴミをポイッと投げ込むことも可能だった。
お調子者がその隙間を無理矢理こじ開けて、隣の女子の部室に入ろうとしたことがあってさすがにそれは止めたよ。そういうのは求めてないからさ。
ただ、勘違いしないでもらいたいんだけどさ、俺達男子は決してその状況になにか邪な考え、つまるところ下心を抱いたりすることはなかったんよ。
中学一年生の女子は実は大人だけど、中学一年生の男子はマジでガキなのよ。この絶妙に仕切られているようで仕切られていない女子との空間に対しては卑猥さよりもおもしろさの方が断然勝つのよ。
まあ正直、邪な気持ちを持つバカもいたとは思うけど、それを声に出して表明する人間はいなかったよね。少なくとも卓球部にはさ。だってほら、卓球部だし。野球部じゃないし。
ちなみに、俺が一年生の頃は女子卓球部には二年生がいなかった。つまり、俺達一年生の代と二個上の三年生の代しかいなかった。
そして、その女子卓球部三年生がマジでヤンキーの集まりで怖かった。卓球部なのに。おかしいやろ。卓球部だぞ卓球部。そういうのとエンカウントしたくないから卓球部という世界の隅っこに肩を寄せ合ってんのに。
しかもギャルってわけじゃねえのよこれが。
しっかりヤンキーなのよ女子卓球部の先輩方。
部室で俺達がちょけてたらその三年の女子の先輩がものすごい勢いで「うるせーぞてめえら!!」と怒鳴りこんできて、卓球部男子皆で死ぬほどビビり倒したのは今でもトラウマだよ。
しかも、そのヤンキー姐さん達は男子にだけ態度がデカいわけではなく、後輩女子達に対しても普通に容赦のない硬派ヤンキーだったからさ。俺らの同級生の娘たちに対してもマジ怖いのよ。
俺がさ、練習中に部室に忘れ物を取りに行ったときなんてさ、女子の一年生達が部室の前で全員直立不動で並ばされてて、その前をヤンキー先輩達が怒鳴りながら歩いててさ、もう軍隊みたいだったよ。米軍だったよ。
その女子卓球部の部室の中に飾ってある、チェキが沢山貼ってあるコルクボードのキラキラ感と、その前に広がる処刑場みたいな光景とのコントラストは多分一生忘れないと思う。
でもね、俺が女の子に対する恐怖心を持ったのはこの時じゃないのよ。
もっと言えば、この先輩方に対してではないのよ。
【奴隷からの解放】
どんなに嫌な先輩でも三年生は三年生。
3か月も我慢すれば勝手に消える。
どっかの国の偉い人みたいに任期が急に伸びるなんてことはない。
PL学園野球部も真の地獄は三年が引退するまでの3か月らしいしね。そこまでしのげばなんとか生きていけるってなんかで読んだ。
そんな訳で、卓球部に入ったと思ったら米軍だった同級生の女子達も、夏には晴れて奴隷労働から解放されることとなった。
で、こうなりゃ彼女たちは一気に天下なわけよ。
だって2年生いないんだもん。一年の夏にして自分たちが最上級生。この世は我が世とぞ思う望月の。ってやつ。奴隷から藤原道長への超進化よ。
それまで部室では3年が騒いでいて、声などはほぼ聞こえなかった彼女達が、男子以上の豪快な声で笑うようになり、球拾いと声出しばかりさせられていた練習時間も楽しそうにピンポンを楽しむようになった。
そんな姿を見て、よかったのうよかったのう。と人知れず涙を流したのもつかの間、奴隷時代の反動からか、彼女達はどんどんその力を増大させていった。
例えば、俺達が部室でふざけてべニア板をバンッと一度でも叩けばその倍くらいの強さでドン返しをされるようになった。
ある意味3年生たちより怖かったよ。だってさ、こっちはまだ二年の先輩もいるんだよ?なのにあの娘らときたら遠慮せずにどんどんやってくる。舐めてる。男子卓球部を舐めてる。ていうか俺達卓球部は常に世界から舐められてる。そして俺達もちゃんとそれにビビってた。そういうとこ卓球部よね。だって卓球部だもん。世界にビビりビビって流れ着くのが卓球部だから。
ただ、彼女たち全員がこの我が世の春にたどり着けたわけではないのよ。
地獄の3か月を耐えられなくて辞めた子も2人いた。
「3か月も耐えられないなんて軟弱者めが」って大人は言うかもだけどさ、12歳の少女にとっての3か月はおっさんの3年に相当すると思った方がいいからね。12歳と35歳じゃ体感時間違いすぎるからね。
PL野球部だって最初の3か月に耐えられずに脱走する子達もいたわけだし。
俺達はもう大人だからね。大人の基準と子供の基準は違うことを忘れて否定してはいけないよね。いつだってさ。
そして、三年が引退したことに喜んだのは男子も一緒だった。
男子の先輩は優しかったし、別に嫌いとかそういうのはなかったけどさ、いつだって後輩は目の上のたんこぶにはさっさと消えてほしいものだからね。部室も広く使えるしね。
というわけで、卓球部の男女はお互いにちょけまくることになる。
三年いないし、馬鹿怖いヤンキー姐さんたちもいないし。
そんな状況でべニア板一枚挟んで12歳の男女がいるのよ。まあちょけるよ。お互いに聞こえるようにアホみたいなことを言ったり壁ドンしあったりとちょけちょけにちょけまくっていたわけよ。
ただ繰り返すけど、俺たちは12歳。性的な意味よりももっと小学生のノリで遊んでいた。そう、12歳だから。12歳と言う年齢はまだ本当に邪な気持ちを絶妙に知らない。
それが仇になってしまった。
【はじめての悪意】
ある日、俺達はいつものように紙をくしゃくしゃに丸めて女子の部室にべニアの隙間から滑り込ませた。橋本の数学のテスト用紙だったと思う。38点とかだった。すげえよね。中一で38点取る橋本。ポテンシャルあるわ。卓球部なのに頭が悪くてどうするのお前。
数分後、女子部員たちは「しょーもないもんよこしやがって殺すぞ」と言わんばかりに女子特有のあの可愛らしい紙に「死ねー♡」と雑に書きなぐった手紙を俺達のほうに滑り込ませてきた。
あ、ごめん「ー♡」はなかったかも。これは昔を少しでも美化したいおじさんの、過去へのささやかな抵抗な気がする。シンプルに「死ね」だったかも。辛い。
ともかく、こっちがしょーもない物(38点)を送ってきたからあいつらもしょーもない手紙を送り返してくれたわけだ。
となれば、次はどんなおもろい物を送りこんでやろう。
そう無いセンスを絞った俺達だったが、12歳の大喜利力ではなにも思いつかなかった。それもただの12歳じゃないからね。卓球部の12歳よ。卓球部の。面白いボケなんて思いつくわけがないじゃん。そんな能力があれば剣道部くらいには昇格出来てるよ。
というわけでなんかその辺にあったガムの包み紙を送り込んだ。完全にただのゴミ。流石にもう少しなんとか出来たんじゃないか俺達。頑張れ卓球部。
女子達は「はー?なんかゴミきたしうぜー」と騒いでいたが、まあ俺達としてはそれで満足だった。
この後はどうせ同レベルのゴミが送り返されてそれでちょけが終わりだろうと思っていた。
そんな予定調和のコール&レスポンスを俺達は待っていた。
しかし、すぐには女子からの返答はなかった。
狭い小屋にかしましい女子が5人もいるはずの隣は、何故だかやけに静かだった。
さっきまでとは打って変わって奇妙な静寂に包まれている。
それが何故だか妙に不気味に思えたのを今でも覚えている。
ガキだった俺たちはそれを怒りなのだと思った。流石にゴミを送るのはライン超えちゃったのかな?怒っちゃったかな?なんて無邪気に考えていた。
なにせ、12歳の少年たちが、それまでの短い人生の間に己に向けられてきた負の感情なんて、先生や親からの怒りくらいのものなのだから。
数分後、ヤンキー女子に怒鳴りこまれたときのトラウマを思い出して全員がそわそわしはじめたその時、べニアの隙間から白く細い手がにゅっと伸びてきた。
その場に居た全員が、固唾を飲んでその手を見守る。
べニアの隙間から伸びた手は、何か小さなものをポイッと投げ捨てて引っ込んでいった。
返事が来たことで少し安堵した俺達だったが、その気持ちに反して、何故かそのくちゃくちゃに丸められたゴミを誰も手に取れないでいた。
両部室に謎の無音の時間が出来る。隣人達は、明らかに俺達の反応を待っていた。
つまり、誰かがこのゴミを拾わないと時は動かないということだ。
そして、それをやるなら俺だろうと思った。
なぜならその女子との境目は俺のテリトリーだった。つまり、そこに投げ込まれたゴミは俺が処理しなければならない。という暗黙のルールがなんかその瞬間いきなり生まれた。ふざけんなよ。
お前が何とかしろよ。という男子卓球部全員の視線を受けた俺は、意を決してそのゴミに手を伸ばす。
それは、先ほどと同じように丸められた紙のようだった。
だが、質感が少し違った。少しつやつやしていて、手にもってみると硬かった。
俺は恐る恐るそのゴミを開く。
「うわあっ!」
俺は思わず小さく悲鳴を上げるとそのゴミをその場に投げ捨ててしまった。
他の部員たちは一度俺の手を経由したことで清められたと判断したのか、その「ゴミ」と呼んでいいのかわからないくしゃくしゃにまるめられたチェキを手に取った。
そう、チェキだった。
これは見覚えがある。女子の部室のコルクボードに貼られていたやつだ。あのキラキラしたやつ。
そしてそこに写っていたのは「卓球部最高!」とデコられた三年の先輩達、ヤンキー姐さん二人のツーショットのチェキだった。
一人は、俺達にトラウマを植え付けたあの姐さんだ。
卓球部男子全員が、それを見た瞬間に「うわあ!」と俺と同じような情けない悲鳴を上げた。
それとほぼ同時に隣の部屋から悪意の大爆笑が割れんばかりに響いた。
もうね、俺は心底彼女たちが恐ろしくなったよ。
なんせ俺達はまだ創作の世界でしか悪意というものにであったことがなかったからね。それがまさに今目の前にあるのよ。丸められた悪意があるのよ。怖いよそら。
こちらから送ったゴミに対し、等価交換として送られてきたのが「自分達を苦しめてきた先輩」というゴミだよ。怖すぎるて。
にゅっと、再びべニア板から腕が伸びてきた。もう勘弁して。その白く細い腕はもう俺には悪魔の腕にしか見えんのよ。
俺達は蛇に巣を狙われた雛鳥のように部室の対角線で固まる。腕は先ほどと同じように『ゴミ』をポイッと投げて去っていった。
もう絶対チェキやん。それさ。勘弁してってほんま。ていうかこっちはゴミ送り返してないやん。なに勝手に追撃してきてんの。もうそれ仕返しじゃないやん。悪意のおかわりやん。
2分前に生まれたルールに則って、卓球部の皆が俺を見る。もう完全に爆弾処理班扱い。悪意という爆弾の直撃弾を喰らう役割。やめてよ。俺まだ死にたくないよ。
ただもうね、うすうすの時点で俺にもわかってたんよ。追加されたそのゴミの内容が。そのチェキに誰が映っているのかがさ。
彼女達が最初にゴミ=として送りこんできたチェキは三年生だった。彼女たちをさんざいじめた三年生。
ということは、次に送り込んでくるゴミはもうさ。絶対あれじゃん。
俺は半ば諦観の念でその爆弾を処理にあたる。その心には見えない防護服を身に纏っていた。だって爆発確定しているから。心を殺して仕事にあたるしかない。
丸められたチェキをゆっくりと開く。心なしか、さっきのチェキよりも念入りにくっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃのギッタギタにされているような気がする。
そして、その中に映っていたのは案の定見覚えのある二人。俺達と同じ一年生で、春先までは確かに女子卓球部に籍を置いていた二人。
三カ月の地獄が耐え切れず逃げ出した二人だった。
そのチェキには沢山のハートマークでデコられていた。が、その上からマジックで明らかに質の違う汚い落書きも沢山されていた。
その悪意の毒は、俺の心の防護服を一瞬で貫く。
薄れゆく意識の中で俺は確かに聴いた、隣室から響く、先ほどとは比べものにならない大きさの笑い声を。
自分たちをいじめた先輩はゴミ。
そして、逃げた奴らもゴミ。というかその場にいない奴らは全員ゴミ。
まさに悪意。悪の意だ。
なんだよ俺達なんて橋本の38点だぞ。かわいすぎだろ俺達。馬鹿過ぎるだろ橋本。
【世界こわい】
これが、俺が女性に対する恐怖を覚えた最初だったわけやけど、やっぱり女性は怖いね。こわいこわい。
いや、まあ全ての女性がそうとは言わないし、なんなら男の悪意も沢山浴びてきてそっちはそっちで超嫌なんだけどね。
とはいえ、やはり俺は女性がこわい。
明日の目が覚めて周りが女性だらけだったらどうしよう。本当にこわい。卒倒するかもしれない。あぁこわい。
あと、金も怖い。金は人間関係を台無しにするからね。
明日の朝目が覚めて敷布団が札束だったらどうしよう。気絶するかもしれない。
宝くじの一等もこわい。
もうすぐ暴騰するベンチャー企業の株券も怖い。
あとはねー、あっ、書籍化がこわい。明日の朝目が覚めて書籍化の連絡きたらどうしよう。こわいこわい。昇天するかもしれない。
でもね、本当はこんな悪意なんて無い、子供たちが明るく笑って幸せに過ごせる世界。差別や偏見のない優しい世界がこわいかな。
明日の朝目が覚めて、もしもそんな世界になってたらさ、卓球部のくせ頭の悪かった橋本も喜ぶよきっと。




