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親子傘···新作落語

作者: スナフキン
掲載日:2026/01/18


 これは江戸時代のお話で 

よく落語に出てくる小道具の中で

傘というものがあります 

傘にもいろいろ種類がありまして番傘 

蛇の目傘 唐傘などは有名ですが 

他には野点傘というものがあります 


これは お茶を外でいただくときに

床几台の上に毛氈を引きまして 

その横に日よけ代わりとして 

立てられている傘が野点傘 


歌舞伎などで使われているのが舞傘 

お寺で仏像の上に掲げられる天蓋

または絹傘と言うものがありまして


ここは大阪 宗右衛門町 東のはずれに

雨宿りと書いて あまど屋という 

傘の製造販売をしております 

一軒のお店がありました





豊念 「ごめん ご店主はおられますかな」


清蔵 「これはこれは 豊念和尚様

    いらっしゃいませ」


豊念 「先月 頼んでおった天蓋は

    できておりますかな?」


清蔵 「はい 行道天蓋でございますね 

    あれは骨組みに絹を張り終えて 

    乾かしておりますところで 

    そのあとに鈴や

    五色の布を巻きますので 

    あと十日ほどで

    出来上がるかと思います」


豊念 「そうですか

    京都から大僧正様が

    お越しになるのが 

    来月の25日ごろ 

    それまでに出来上がって

    おればよいのです 

    よろしくお願いいたしますよ」


清蔵 「はい 精一杯

    作らせていただきます」


豊念 「ところで ご子息の行方は  

    その後どうですかな?」


清蔵 「はぁ お恥ずかしい話では

    ございますが 

    せがれの新吉が出ていて

    もうはや3年になります 

そのあいだに連絡はおろか

    風の便りにも 新吉のしの字も

    耳に入っては来ませんよって 

    どこかで野垂れ死んだものやら

    殺されたものやら 

    行方がしれません 

    そんなもんで そろそろ 

    死んだ者とあきらめて 

    この手拭いを形見として 

    ご住職に弔っていただこうかと

    思ったりもしております」


豊念 「そうですか 私のほうは

    いっこうにかまいませんが 

    いや まだ3年

    もう少し 待たれてみては

    どうですかな?」


清蔵 「ありがとうございます 

    女房と死に別れ 

    男手一つで育ててきましたが

    あきまへんな・・・

    どうにも小言が

    おおくなってしまいまして 

    それが原因なのか書置きも残さず

    プイと家を出たっきり」


豊念 「親子喧嘩は 

    どこの家庭でもよくあること 

    して最後は 

    どんな話をされたんですかな?」


清蔵 「お恥ずかしい話ですが 

    うちの傘が売れんのは 

    紙が悪いだの 油が悪いだの 

    竹の種類が違うだのと 

    いろいろ言い出しよりましてな 

    店の手伝いもせん 傘の一本も

    作ったことのない分際で

    偉そうなものの言い方するな 

    毎日毎日 遊び倒して 

    誰の金で飯食えてると

    思ってんねんと 

    怒鳴ってしまいましてなぁ」


豊念 「なるほど しかし紙は破れて当然

    傘の骨は折れても仕方がないこと  

    それらを修理してこそ 

    傘張り浪人たちの生活の

    たしにもなっているのも事実」


清蔵 「そうなんです そうなんです 

    私かて 破れない傘があったら

    作ってみたい 

    売ってみたいとは

    思っとりますけど 

    なかなかどうして

    どんな和紙を取り寄せて

    作ってみましても 

    大雨には全く かないまへん 

    普通の雨でも 

    一日中雨なら持つか

    どうかわかりまへん」


豊念 「そうでしょうな ところで 

    もし新吉さんが帰ってこられて 

    店を継ぎたいと言われたら 

    どうなされますかな?」


清蔵 「無理でしょうね・・・

    なんせ新吉には根性がない 

    何をやらせても 

    半年続いたためしがない 

    だれに似たのか 

    どんな育てられ方をされたのか 

    親の顔が見てみたい」


豊念 「そこに鏡がおますよ」


清蔵 「いや しかし 正直なところ 

    継いでほしい気持ちが半分 

    息子の好きに

    させてあげたい気持ちが

    半分ってとこでしょうか 

    この商売も私の代で終わらせても

    仕方がないことやと

    思っております」


豊念 「いやいや清蔵さんの代で

    終わらせてしまうのは 

    なんやもったいない

    気がしますなぁ」


清蔵 「ありがとうございます」


豊念 「ほなまた出来上がったころに

    寄せてもらいまっさかいに 

    よろしくお願いいたしますよ」


清蔵 「はい 真心こめて

    作らせていいただきます」


豊念 「・・・あかん」


清蔵 「え?なにか 

    お気にさわることでも

    言いましたかいな」


豊念 「いや そうやない 

    朝から曇ってたさかい

    怪しいなぁとは

    思っていましたが 

    とうとう降り出しょりましたわ」


清蔵 「えっ 雨ですかぁ 

    ほんに えらい本降りに

    なってきましたなぁ

豊念さま

    その入り口の横にある傘 

    どうぞ お使いくださいませ

    それは店の名前を書いた

    貸し出し用の番傘でしてな 

    ちょっと ご住職には

    派手かもしれませんが 

    よかったらお使いください」


豊念 「番傘で・・・派手とは・・・」


豊念和尚が番傘を開きますと

そこには大きく『宿』の文字が

書かれてまして


豊念 「これは これは・・・」


清蔵 「うちの屋号が雨宿屋ですんで 

    真ん中の一文字 宿と言う字を

    書かせていただいております」


豊念 「なるほど これは

    目立ってよろしいな

    いや 私は別に気にしませんので 

    ほな これをお借りして帰ります 

    また明日にでも

    お返しに上がりますさかい」


清蔵 「いえ 傘の返却は

    いつでもかましません 

    また この天蓋ができましたら 

    お届けに あがりますんで 

    そのときに返却して頂ければ

    それで結構です」


豊念 「そうですか それでは 

    お言葉に甘えて 

    この傘お借り致します」


 和尚さんが傘を開きますと

傘いっぱいに宿の文字が

書いてありまして 


この傘は番傘と言いまして 

蛇の目傘との違いは 番傘には宣伝用に 

お店の名前が書いてあったそうです 

何丁目何番地 そこから転じて

番傘と呼ばれるように

なったという説もございます 


和尚さんが寺に戻りますと 

小坊主の陳念が


陳念 「あっ 和尚様お帰りなさいませ」


豊念 「おぉ 陳念か 留守中 

    変わった事は

   ありませんでしたか?」


陳念 「はい変わったことはございません

    変わったことではございませんが

    今朝 和尚様が出かけられた後で

    

    本堂の裏の家がなんや 

    わぁーわぁー騒いでおりまして 

    なんかあったんかなと

    思いましてね 

    ちょっと見に行こうかと

    思いましたが 

    

    いや まてまて 

    私は和尚様から留守を預かる身 

    むやみやたらに寺を

    離れるわけにはいかない 

    そう思いながら 

    お寺の境内を掃除しておりますと 

    裏の呉服屋の番頭さんが 

    お寺に訪ねて来られましてね 

    和尚様はご在宅ですかと

    聞かれましたので 

    和尚様は今日は町の方に

    出かけておりますと答えました 

    

    そんなことより 朝からなにやら 

    ワーワー騒いでおりましたが 

    どうされたんですか? 

    猫の子でも生まれましたか?

    と尋ねますと

    いや そうではないと言うんですね

    あぁ さようですか

    ひょっとして犬の子ですか?

    って聞きますと 

    なんや あの番頭さんが

    苦虫をかみ砕いたような

    顔をしましてね 

    当家のご隠居様が今朝早くに

    亡くなられましたって 

    こうゆうてくるんです」


豊念 「それを はよ言わんかいな

    なんや猫やら犬やら言うてからに

    裏の番頭さんが来られたんやろ?

    大体のさっしは つくやろう

    私は留守中に変わったことは

    ないかと尋ねたんや 

    変わったことが 大ありやないか」


陳念 「和尚様 それは違います

    人が死ぬ事は 

    それほど大きな

    出来事ではありません 

    花は散るもの 雲は流れるもの 

    夜が朝に変わるのも 

    皆同じことでございます 

    私たちは失ったと思うから 

    苦しくなる 

    けれど命は消えるのではなく 

    形を変えて 

    ただ次の役目に向かうだけのこと 

    生まれた事も 生きている事も 

    そして死ぬ事も 

    すべて同じ一つの

    道の上にあります 

    だからこそ 死を恐れるより 

    今ここにある 

    ひと時を静かに

    丁寧に味わいなさい 

    それが仏の教えでございます」


豊念 「・・・陳念 お前は 

    釈迦に説法という言葉を

    知っているか?」


陳念 「はい 和尚の耳に念仏という言葉も

    知っております」


豊念 「やかましいわ 

    あぁ ところで お客人は 

    今どこにいてなさる?」


陳念 「あぁ 傘屋の新吉さんなら 

    本堂の方で 

    お経を唱えておりましたが」


豊念 「そうか わかった 

    陳念 お前は 

    裏の呉服屋さんに行って 

    私があと 一刻ほどすれば 

    お伺いすると伝えてきておくれ」


陳念 「はい わかりました」



豊念 「新吉さん 失礼しますよ」


新吉 「あっ 和尚様 

    ご苦労様でございます」


豊念 「これこれ 本堂の掃除など

    小坊主の陳念に

    やらせておけばいいのですよ」


新吉 「いいえ とんでもない 

    十日もお世話に

    なっているのですから 

    これぐらいのことは 

    させていただきます」


豊念 「そうですか でもあまり 

    ご無理をなさらずに 

    ところで そろそろ 

    ご実家に帰えられる

    決心はつきましたかな?」


新吉 「いいえ それがまだまだ

    決心がつきませんで 

    なんせ あの日は 

    朝から親父との

    口げんかが絶えませんで 

    虫の居所が悪くて 

    ついカッとなってプイッと

    家を飛び出てしもたんです 

    そのときはもう家には

    帰らんつもりで 江戸の方にでも

    行こうかと思いましたが


    途中立ち寄った お伊勢さんで

    頑丈そうな和紙を見つけましてね 

    日頃から親父には 

    傘がすぐ破れるのは 

    和紙が悪いんやないかと

    言ったりしておりました 

    もっと ぶ厚い和紙で

    作ったらどうや 

    仕入れ先をかえたら

    どうやと言いましたが 

    

    何もわからん奴が偉そうなことを

    言うなと言われまして

    考えてみますと 

    和紙が悪いということは

    わかるんですが 

    私は和紙の作り方さえ

    知りませんでした 

    

    そこで思いついたのが 

    伊勢の紙すき小屋で修業して

    和紙のことを 

    もっと深く知りたい

    そう思ったんです」


豊念 「ほぉ それで何かわかりましたか」


新吉 「和紙の材料は 

    コウゾ ミツマタ ガンピ バショウ 

    いろんな素材で和紙を作りますが 

    伊勢の方では 

    それにアオサなどの

    海草を入れたりもするんです」


豊念 「ほぉ 海藻を入れるんですか 

    それで何かが変わるんですか?」


新吉 「はい 和紙の頼りなさが無くなり 

    なんといいますか 

    紙が落ち着く感じがして 

    丈夫になります 

    そこでふと大阪に帰って作っても 

    和紙が丈夫になるものはないかと 

    大根 かぶら 人参 かぼちゃ 

    いろいろ試して半年後 

    やっと これやとゆうもんが

    見つかりました」


豊念 「おおそうですか 

    それはどんなもんですか?」


新吉 「こんにゃくです」


豊念 「こ、こんにゃく?

    こんにゃくで傘を作るんですか?」


新吉 「いや こんにゃくで

    傘を作るんではなくて 

    コンニャク芋の粉を水でといて

    和紙に塗るんです」


豊念 「ほぉ そんな事で

    丈夫になるんですか?」


新吉 「はい そうなんです 

    私は 紙すきの手伝いが

    終わった後や休みの日も 

    そこの親方の許しをえて 

    自分でいい和紙が漉けるように 

    紙漉きの練習に励みました 

    

    その甲斐あって一年後には 

    何とか自分でも納得のいく和紙を

    漉けるようになりまして 

    何枚かは 親方の目に留まり

    販売させていただくことも

    できました」


豊念 「それはよかったですね 

    伊勢の和紙といえば 

    なかなかの高級品 

    さぞ 儲かったでしょうなぁ」


新吉 「いえいえ 私はただの下働きです

    雨露をしのげて布団もあって 

    食事もいただいておりましたので 

    3年間 無償で働いておりました 

    旅を始めるときに多少のきんすは

    持っておりましたので

    なんの不自由も感じませんでした

    この度帰ってきましたのも 

    親方が言いますのには

    これからも ここで働くのなら

    一度 里に帰って

    親の承諾をもらってこいとのこと

    まぁ それでこうやて大阪に

    帰ってきたものの

    何度か実家の見えるとこまでは

    行ったのですがね 

    敷居が高くて どうにもこうにも」


豊念 「そうですか 

    まぁ うちは 

    いつまで居ってもろても

    かまいませんので 

    ここで気持ちの整理がつくまで 

    ゆっくりされたらよろしい」


新吉 「ありがとうございます」


それからしばらくした ある日 

傘屋の雨宿屋に ある物が届きます


車力 「おはようさんです 

    こちらは傘屋の雨宿屋の

    新吉さんのお住まいで

    間違いございませんか?」


清蔵 「はい 雨宿屋は うちですが 

    新吉という者は 

    うちにはおりませんが」


車力 「そうですか 

    店の名前が合っていれば 

    こっちはそれで構いませんので

    伊勢の国から

    荷物を運んでまいりましたんで 

    受け取っていただけますか? 

    えっと 荷物はどちらに

    置かしてもろたら 

    よろしいやろか?」


清蔵 「伊勢の国から?

    私は何も頼んだ覚えはありませんが

    品物は何ですか?」


車力 「和紙です 

    手紙も あずかってきましたんで 

    詳しいことは これに」


清蔵 「手紙?

    送り主は伊勢 白紙屋 徳右衛門

    なになに 新吉さんが三年の間 

    朝な夕なに励み

    手を荒らし 腰を痛めつつ

    漉きあげた和紙ではありますが

    障子には使えず

    かといって帳面にも使えず 

    置き場所にも ことをかく始末 

    どうぞ そちらでお好きに 

    お使いくださいませませ 

    なんやこれは 

    捨て場所に困ったから

    送り付けてきょったんかいな」


車力 「ほな この部屋の隅に

    置かせてもらいます」


清蔵 「いや そんな

    勝手なことされたら困ります 

    ああ そんな

    勝手に持ってこられても

    代金は びた一文払えませんで」


車力 「かましません 

    代金は徳右衛門さんから 

    もういただいておりますんで」


清蔵 「え?いや ちょっと ちょっと 

    いったい何枚あるんですか?」


車力 「はい 二千枚と聞いております」


清蔵 「に 二千枚!」


 車力たちが 畳一畳ぐらいの大きさの

和紙を二千枚 

畳の上にうず高く積み上げまして

帰って行ってしまいました 

うず高くといいましっても 

和紙ですから

20~30㎝の物ですけどね 


清蔵 「はぁ こんな出来損ないの和紙 

    どうせいゆうんや おや?はて?

   なんや この質感 

    初めての手触りやなぁ 

    なにか塗ってあるのはわかるが 

    それにしては

    やわらかい ムラもない 

    障子紙にするにはもったいないが

    帳面には十分すぎる紙やないか

    どうゆうこっちゃ 

    しかし これなら 

    作れるかもしれんなぁ」


何を思ったのか 清蔵さんは

その紙を 三角に切りまして 

竹でできた骨組みに貼って 

そこに柿渋を塗りまして 

最後に屋号の『雨』という文字を

大きく書きまして 

一張りの番傘を作りました


それから数日が過ぎたころ

店にお寺の小坊主の陳念さんが

やってまいりまして


陳念 「おはようさんです 

    こちらは 傘屋の雨宿屋さんで

    間違いございませんか?」


清蔵 「はい 雨宿屋は うちですが 

    あれなんや?こないだも 

    こんなことゆうたな 

    なんぞごようですか?」


陳念 「はい 雨宿屋さんにお届け物です」


清蔵 「え?和紙なら もう結構ですんで 

    おひきとりを~」


陳念 「え?いや和紙じゃありまへんけど

    こんなんいつまでも

    引き取っておれませんので

    返品にまいりました」


清蔵 「返品?」


陳念 「はい これを お返しいたします」


そういいながら

背中を押されて入ってきましたのが 

この店の一人息子の新吉でした

その姿を見て清蔵さんが


清蔵 「どちらさんでしたかいな?」


新吉 「おとっつあん 

    御無沙汰しております 

    あなたの息子の新吉です」


清蔵 「あんたに おとっつぁんなどと

よばれとうありまへんな 

    うちの息子は 三年前に 

    店の金を持ち出して 

    勝手にどこかに行ったっきり 

    手紙の一つもよこさんような 

    薄情な息子でしてな 

    心配してる親の気持ちもわからん

    ろくでなしなんですわ 

    生きとんのか死んでんの

    かわからんよって 来月にでも 

    福正寺の和尚さんに頼んで 

    葬儀をあげてもらう

    予定にしております」


陳念 「それは それは 

    ありがとうございます」


清蔵 「あんたちょっと

   だまっといてんか

今は親子の話でっさかい」


陳念 「ありゃ 

    いま親子と認められましたね」


清蔵 「やかましい!

いいか新吉お前は

傘のことも知らんし 

    人に挨拶もできん 

    何をやっても長続きもせん

    そんなやつに教える義理もない

    お前に教えるぐらいなら 

    口利き屋に素人を

    入れてもらって

    教えたほうが

    なんぼかましやと思う

    お前はお前でなにか

    ほかの仕事を探したほうが

    お前のためにもなるとおもうがな 

    なんなら頭丸めて 

    福正寺の坊主にでも

    なったらどうや」


陳念 「わぁ そしたら 新吉さんは 

    わたいの子分やな よろしゅう」


新吉 「いいえ 私のやりたいことは 

    坊主ではありません 

    わたしのやりたいことは 

    おとっつぁんが築いてくれた 

    この店を引き継いで 

    大きくしていくことです」


清蔵 「引き継ぐ?なにをや?

    傘張り一つできんおまえが 

    どうやって この店を

    大きくできるちゅうんや」


新吉 「はい 確かに私は 

    今まで傘のことなど

    何もわかっていませんでした 

    しかし これではいけないと思い

    旅先で見つけたお店で

    修業をしてまいりました」


清蔵 「伊勢の国 白紙屋 

    徳右衛門さんのとこですか?」


新吉 「え?なぜそれをご存じで」


清蔵 「おまえ この和紙に

    心当たりはないか?

    これはお前が漉いたもんやな 

    これは徳右衛門さんから 

    障子にも帳面にできん 

    使いもんにならんと

    送り付けられた紙の山や 

    触ってみると

    何やら後から塗ってある

    きっとそのせいで 溶かして

    また和紙を漉く事ができなくて

    こちらに 送り付けて

    きたに違いない 

    ここに二千枚ある 

    とうぶん かまどの焚き付けには

    困らんが お前のやった修業は 

    その程度の事や

    何が修業をしてきましたや 

    恥を知れ!!」


 その言葉に傷ついた新吉は

店を飛び出そうとしましたが 

外は突然の大雨 

新吉は玄関先にありました 

番傘をひったくって

店を飛び出していきました


陳念 「あらぁ どうします?

    えらい怒った顔して

    出ていきましたよ 

    こんな大雨の中 

    雷も鳴り出してるし 

    どうします?どうします?」


清蔵 「ほっといたらよろし!」


陳念 「そんな冷たいこと言わんと 

    せっかく勇気を出して 

    店に帰ってきたのに 

    いや あのね だんさん 

    あの ここだけの話なんですけどね

    あの人はもう一か月も前から 

    この店の前をうろうろ うろうろ

    してはったんですよ 

    でもね 敷居が高くて入れない 

    どうしょうかと悩んだあげく 

    福正寺の和尚さんに 

    相談に来たんです 

    和尚さんは 

    心の広い優しいお方ですから 

    心の整理がつくまで

    いつまででも寺に

    いてもらってもいいですよって 

    こんなこといいはるんですよ 

    どう思います」


清蔵 「そうですか 

    和尚様は御仏に使える身 

    とても心の広いお方で」


陳念 「いやいやいや 

    そんなこと言うてるんと

    違うんですね 

    あの人は客人で 

    一日中 本堂で

    ごろごろごろごろしてるだけ

    私は朝早く起きて 庭を掃いて 

    廊下や柱を拭いて 

    一日に二回のごはんの支度をして 

    お経を唱えて 洗濯をして 

    和尚さんのようじをやる 

    なのに 同じ食事の量 

    ひどいときには あの人 

    三杯おかわりするんですよ 

    なのに 私は一杯だけ 

    ひどいと思いませんか?」


清蔵 「はぁ」


陳念 「はぁやなくて 

    どんな育て方をしたら 

    あんなぐうたらな

    ぼんぼんに育つのか 

    一度でいいから 

    親の顔がみてみたいと

    思っとったんですよ」


清蔵 「こんな顔です 

    私もね 昔はそんな風に

    思ったこともありました 

    でもね この和紙を見て

    気づいた事がありましてな 

   一枚一枚見ていったら 

    ムラもなく 

すべての紙が同じ厚みに

漉かれてある 

それが二千枚」


陳念 「え? でも さいぜん 

障子にも帳面にも

使えんってゆうてはりましたよ」


清蔵 「手紙にも書いてましたが

もったいなさ過ぎて使えんっと

書いてありました 

そして手紙の最後には 

養子になって 

紙すき屋のあとを

継いでほしいとまで

書いてありました」


陳念 「え?そんなことまで 

だからさっき あんなに

きつく あたったんですか?」


清蔵 「紙漉なんて仕事は 

昨日 今日の素人がやって

こんなにきれいに

出来るわけはない 

きっと何百枚 何千枚も

失敗したに違いない 

それでも ここまでの和紙を

作れるようになった新吉の努力と

白紙屋の徳右衛門さんの

根気強い 指導力のたまものやと

思っております 

となれば

新吉が 傘の一つもできんのは

私に指導力が無かったっという

ことになりますわな 

    こんな店におるよりは 

    いっそあちらで

    一花咲かしてあげるのも 

    親が息子にしてやれる 

    最後の花道かもしれんなぁ

    と思っております」


 そんな思いも つゆ知らず

新吉は 大雨の中 ぶつぶつ言いながら 

通りを当てもなく歩いておりました


新吉 「なんや あのがんこ親父は 

    人の顔見たら

    文句ばっかり言いやがって 

    何が恥を知れや 

    恥を忍んで帰ったのに

    さっぱりわやや」


 そんな新吉が傘をさして

歩いていますと 

突然の大雨でしたので

傘を持ってない人は

そこらへんの店の軒下に

雨宿りをしています

中には激しい雨に打たれて

破れた傘を持ってる者もいるようで

その人たちが口々に


町人 「なんやあの傘」

町人 「この大雨にびくともしてないで」

町人 「大きな文字で雨と書いてある」

町人 「どこの傘や」

町人 「どこの傘や」

町人 「あの男 傘屋の息子の

    新吉ちゃうか?」


 わぁわぁ言っておりますが

そんな言葉は

新吉の耳には入ってきません

当てもなく町内を一周して

お店に帰ってくる頃には 

すっかり雨も上がっておりまして

その代わりに 

店の前には黒山の人だかりが

できておりました 

あの傘売ってくれ あの傘出せ 

あの傘なんぼや 

みんなが口々に騒いでおります

店の中では清蔵さんが


清蔵 「ちょっと ちょっと

    待っておくれやす 

    あの傘 あの傘と言われましても

    私には どの傘のことか 

    とんとわかりません」


町人 「あんたの息子 新吉さんが

    持ってた傘やがな 

    あの傘でわからんのなら 

    新吉を出せ 

    あいつに聞いたらわかるやろ」


新吉 「あの・・・ 新吉は私ですが

    なんですか このさわぎは?」


町人 「あっ あんたや あんた 

    そうそうこの傘 

    この雨と書いた この傘が

    欲しいんや これなんぼや」


清蔵 「ああ それですか いや それは 

    ちょっと 試作で作ったもんで 

    売りもんとは違いますねん

    けど そんなに皆さんが

    気に入ってくれはったんなら 

    作るのに 十日ほど

    まっていただけましたら 

    販売させていただきますので 

    今日のところは お引き取りを

    いただけませんでしょうか?」


それを聞いた町の人たちは

ばらばらと店を後にいたします


清蔵 「新吉 おまえは何をしたんや」


新吉 「何をって 

    雨の中歩いてただけやけど 

    そんなことより 

    あれだけのお客さんの

傘を作るとなると

    一人では大変なんちゃう? 

    よかったら 手伝おか?」


清蔵 「手伝おかとは 何様のつもりや

    させていただけますか

    とちゃうか!」


新吉「すんまへん どうかどうか

   親孝行を させてください」


 そこへ 一人の男が入ってまいります


源兵衛「失礼いたします 

    わたくし京都で

    呉服屋をしております 

    大紋屋の番頭で

    源兵衛と申します 

    さきほど 使われておりました

    雨傘を作って

    いただきたいのですが」


清蔵 「雨傘?何ですかそれは?

    うちは番傘 蛇の目などなら

    お売りできますが

    雨傘とは初耳ですね」


源兵衛「いや あの大雨の中 

    少しも破れずに

    さされておりました 

    大きく雨と書かれた 

    雨傘のことでございます」


新吉 「この傘のことでしょうか?

    これは父親が

    試作で作ったものでして 

    雨傘という

    名前ではございません」


清蔵 「これ新吉 ちょっと待ちなさい

    その言い方は お客様に

    たいへん失礼やないか 

    お客様がこれを雨傘といえば

    これは 雨傘なんや 

    ほんまにおまえは

    気がきかんやつやな 

    わかりました 

    作らせていただきましょう 

    傘に入れる文字は

    お決まりですか?」


源兵衛「はい うちの屋号が

    大紋屋と申しますので 

    傘いっぱいに大きな丸を書いて

    その中に大きく大と 一文字

    入れていただきたいのですが」


清蔵 「わかりました 

    それで 数はいかほど

    ご入用ですか?」


源兵衛「はい この度 

    道頓堀のちょっと北側に

    大紋屋の支店を

    出すことになりまして 

    御近所さんに

    あいさつがわりに

    差し上げる分として 

    まずは五十本ほど 

    作っていただけますか? 

    そののち 

    反物を買っていただいた方に

    お渡しする分と 

    不意の雨に貸し出す傘として 

    百本ほど 

    いずれは京都の本店でも 

    お配りしたいと思いますので 

    千本は確実かと思われますが 

    いかがでございましょう」


清蔵 「ありがとうございます

    わかりました 出来の悪い息子と

    私の二人しかおりませんが

    精一杯 作らせていただきます

    これ新吉 ぼっとしとらんと 

    お前も ちゃんと 

    お礼を言わんかいな!」


新吉 「ありがとうございます 

    精一杯 作らせていただきます 

    ですが・・・この傘には

    一つ欠点がございまして」


源兵衛「欠点?」


新吉 「はい大雨は防げますが

    親の小言は防げません」


              完






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