嗤う悪魔、笑う戦士
「おやおやおや....その言い方はひどいですねぇ」
どこかねっとりとした声で、悪魔は笑う。
伝承では暗黒の魔物の中でも、知能を有することができた個体は悪魔へと変化する可能性が極僅かにあると、以前アレアトが話していた。
『悪魔は、他の暗黒の魔物を従えることができる。たった一体で、軍勢が作れてしまうんだ』
「魔王様の元へ行ったのですがねぇ。門前払いをされてしまい、ここにてその悲しみを発散しようと思いまして........」
紅い瞳は、武器を構えた者達をひとりひとり見つめる。
「ここには......いいお相手がいそうですので.....」
悪魔が腕を持ち上げた瞬間、隣にいたはずの女帝が姿を消した。
「他の者に手出しはさせん......!!」
女帝の剣が、悪魔の腕を切り落とす。だが、その腕は即座に復元された。
「いきなり酷いではありませんか.....ねぇ?」
悪魔が再生された指を舐める。その瞬間、地面から赤黒い血槍が出現する。
「な...に.....?!」
少しでも回避が遅ければ、鮮血が地面に捧げられるところだった。
「俺も加勢を....いくら女帝であっても、1人で悪魔と戦うのは無理がある....!」
剣を構え、悪魔の元へ走る。それに気づいた悪魔が、こちらにも血槍で攻撃を仕掛けてくるが、それを素早く避ける。
悪魔の間合いまで詰め寄り、目にも見えぬ速さでその身体を捌く。だが、
「......!!硬い.......」
剣の破片が細かく宙へ舞う。
「しゃがめ!!カタルシス!!!」
横から風を切る音がし、すぐさま身体を低くする。
俺の頭の上を、閃光のように剣が横切る。
「んんんんん.....まだまだですねぇ....」
指2本で、その攻撃を防ぐ悪魔。
それで確信する。勝てる可能性は限りなく低いと。
「カタルシス!!!!」
後ろから、アレアトの声が聞こえる。
剣を振る光の中に、光線が混じる。アレーティアだ。
「私たちだっているわ!!!」
これで4対1。だが、悪魔の顔には笑みが張り付いたまま、変わることはない。
まるで指揮をするかのように、攻撃を続ける悪魔。
仕掛けた攻撃のほとんどが、血槍によって防がれる。
「なんて.....強さなの.......?!」
魔術を放ちながら、焦り出すアレーティア。
無理もない。目の前の悪魔に勝つというビジョンが全く見えない。このままでは、こちらの体力が無くなってしまう。
「んんんんん......少し、飽きてきましたねぇ」
何を......言ってるんだこいつは......。
悪魔の表情は依然、笑みのまま。だが、その目は冷えきっていた。
「そろそろハエも、鬱陶しくなってきましたねぇ......」
悪魔の笑みが、消える。
背筋が凍りつく。
避けろ逃げろと脳が命令しても、身体は束縛されたように動かない。
直感が叫ぶ。もう手遅れだと。
「狂宴を.......ここに.....」
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、悪魔の周囲から目にも止まらぬ速度で無数の血槍が地面が突き出る。それらは一瞬にして俺達の身体を貫通し、赤黒く変色した空へと手を伸ばす。
滴る血。宙へと浮いた身体は動かすことすら困難で、ただ嗤う悪魔を見つめることしかできない。
「んんんんん.....これで終わりですかねぇ?かなしいですねぇ......」
静かに、森のように生える血槍の中を歩む悪魔。身動きの取れない俺達を、笑みを浮かべながら一瞥する。
(身体が.......動かない......)
無理やり身体を動かそうとすればするほど、より強く束縛されたように動かなくなる。
「ま......まだ.......動ける.....わよ.......!」
声を絞り出すアレーティア。
発動した魔術は血槍の間を通り抜け、悪魔を貫こうとする。だが.......
「おやおやおや、まだ動ける者がいたとは.....」
悪魔の目が、アレーティアを捉える。
「や......やめろ........!!」
「我が術を食らった身で、私に傷をつけようとしたその勇気........敬意を持って、死を差し上げましょう...」
悪魔の口元が動く。直感で、呪文だと理解する。
「アレーティアァァァァァ!!!!!」
叫んだところで、どうにもならないことは分かっている。だが、これが唯一できることなのだ。
「命を刈り取る魔槍よ......」
手を伸ばそうと、力を込める。
腕が引きちぎれると分かっていようが、そうする。
ピキ.....と、血槍にヒビが入る。
「我が指し示した者を貫くがいい!!!」
深淵より、無数の地槍がアレーティアを貫かんとする。めいいっぱい手を伸ばす。だが、願いは届かず。無慈悲に血槍はアレーティアの血を、命を求める。
鮮血が、美しく舞う―
「おやおやおや。我が血槍を受けなかった者がいましたとはねぇ.....」
無数の地槍が、一閃によって真っ二つになる。
隠れていた姿が、顕になる。あれはー
「だめよ、ネモ!!!1人で立ち向かってどうにかなる相手じゃない!!!!」
「それを.....言うなら.......アレーティアこそ.....!」
大剣を握りしめ、静かに悪魔を見つめる。
「アレーティアの言う通りだ、ネモ!!!!逃げるんだ!!!!!」
アレアトも叫ぶ。だが、ネモは剣を構えたまま動くことはない。
「んんんんん〜。恐怖を前に動けないのか....それとも......。どちらにせよ、たった1人でどうするおつもりなのですかねぇ?」
「.........動けるのは、僕しかいないんだ......」
そう呟き、地面を強く踏みしめ悪魔へと突撃、大剣を大きく振り、悪魔へと斬り掛かる。
一撃一撃の速度は俺達よりも遅いが、重さははるかにネモの攻撃の方が重い。
一撃で、向かってくる血槍を切り落とす。それは、大剣だからこそできることなんだろう。
悪魔の表情が、俺達が戦っていた時より焦りを帯びている。
両者どちらも、攻撃をくらって傷ついている。
「んんんんん。このままでは少々危険ですねぇ......」
ネモの攻撃が勢いを増していく。与えた、浅かった傷が、どんどん深くなっていくように見える。
だが、それと同時にネモの身体の傷が増えていく。
それでも、もしかしたら.......そんな微かな希望を抱いてしまう。だが、
「まだ動きますか......ならば......」
悪魔が腕を交差させる。瞬間、一瞬にして血槍がネモの身体を貫く。
「ぁあ"っ........」
血を吐く。それでも動こうとする度、身体を1本、また1本と血槍が貫く。
「それ以上動くのは、自殺行為ですよ.....」
静かに忠告する悪魔。だが、それでもネモは前へ進もうとすることをやめない。
「私の忠告も聞かぬとは......それに、その血は.....」
「ッ........!」
「まだあの忌まわしい種族の生き残りがいましたとはねぇ.......」
「.................」
血濡れた姿のまま、血槍に突き刺されたまま、沈黙を貫き、動かないネモ。
「んんんんん。もう諦めましたかねぇ?」
剣を地面に刺し、膝をつく。
それは、諦めのように見えるかもしれないが、どうしてもそうとは思えなかった。
ネモの口が、静かに、ゆっくりと動く。
『 』
その瞬間、ネモから膨大な魔力が溢れ出す。
いや....魔力とはどこか違う.....これは.....?
その膨大な魔力から生まれた暴風が、辺りの血槍をへし折っていく。
地面へと転げ落ちた身体を、めいいっぱいの力で動かす。
「おおおおお!これほどまでの力を未だ有していたとは!!ならば全力で拮抗してみせましょう!!!そして、最後の切り札が私へ届かなかったという絶望を!差し上げましょう.......」
悪魔は嗤い、膨大な魔力を凝縮させたバリアを張る。
それを破壊するというのは、ほぼ不可能だろう。
だが.....ネモは静かに目を閉じる。
表情は見えないのに、なぜか、こう感じる。
彼は、微笑んでいる
『たとえいつか忘れ去られても』
ゆっくりと立ち上がり、大剣を構える。
その時には、ネモの顔を隠していたフードが外れていた。
『存在した軌跡は残る』
月光のように白い髪が、暴風のなかで激しくなびく。
『我らは幻想に生きる者』
大剣へ、黄金色に染まった魔力が注ぎ込まれていく。
『セット』
剣へとまとわりついた力が溢れだす。
暴風が一層勢いを増し、もう前を見ることすら困難になりつつある。
だが、目を逸らせない。逸らさない。
たとえ、忘れてしまっても。
この景色を、光景を、目に焼きつける為に。
『ファタ・モルガーナ』
刹那、全ての音が消える。
振り下ろされた剣から、ダイヤモンドのように凝縮された魔力が解放される。
そのエネルギーは暴風と共に地面を抉り、拮抗していたバリアにさえヒビを入れていく。
「んんんんん.....これはもちそうにありませんねぇ.....」
ヒビは広がり、やがてバリア全体を覆う。
だが、悪魔はバリアが完全に破壊される直前に暗黒へと沈んでいった。
膨大な魔力が削った地面は抉れ、数多の熱を帯びたヒビができていた。そしてそこに、悪魔の姿はなかった。
悪魔が居なくなったのを見て緊張がほどけたのか、俺の意識は遠くなっていく。
遠くで...アレアトの.....アレーティアの.........声が............
旅は、いつでも順調とは限らなかった.....




