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レティクル

――目が覚めた。


酔ってない。

それがまず、おかしかった。


あれだけ飲んで、あれだけ汚く吐いて、心と体を叩きつけ、

ぐずぐずに酔いつぶれてたのに。


今は、不思議なくらい澄んでいた。

心の中も、頭の中も。


あたりは白かった。

もやのような光が遠くまで続いていて、地平線なんて見えない。

どこまでもぼんやりしていて、どこからが上でどこからが下なのか、はっきりしない。


花が、咲いていた。

名も知らない草花の狂い咲き、風もないのにふるふる揺れていた。


そして――


「……おまえら……!」


あの子たち。あの頃の。十三、いや、それ以上いる。

ちっちゃかったやつが大きくなってる。

片耳がちぎれてたやつが、元通りになってる。

白内障だったやつが、まっすぐ目を見てくる。


一匹が飛びつき、胸元を前脚で叩く。

舌を出しながら鼻を押しつけ、うれしそうにくるくる回る。

それにつられて、他の犬たちもわらわらと群がってきた。

じゃれ合いながら、前足で地面を叩き、

尻尾をちぎれそうなほど振り回している。


一匹が急に走り出し、花畑の中をぐるりと駆け回る。

それを追いかけて、わあっと群れが広がる。

花びらが舞って、空気まで笑っているようだった。


なんだ。

ここで幸せにしてたんだな、おまえら。


ふと気づくと、少し離れた場所に、一頭だけじっとしている犬がいた。

体格は大きく、毛並みは黒と茶のまだら模様の甲斐。

他のやつより少し年上に見える。

目を細めて、こちらを見ていた。

吠えない。動かない。ただ、見ていた。


群れが戯れまわる中で、ただひとり、静かに立っている。


…おまえか。

あのとき、一番先に吠えて、俺の前に立ちはだかったやつだ。


視線がぶつかる。

まるで、問われている気がした。


――来るの?

――もう大丈夫?


胸の奥で何かが答える。

うなずくでもなく、言葉にするでもなく、ただ、ちゃんと届くように。


すると、あいつは一度だけ尻尾を揺らして、くるりと背を向けた。

そして、群れの先頭に立って、ゆっくりと歩き出した。


花の中に足音はない。

でも、確かに道ができていく。


体が勝手に歩き出す。

でも、それは悲しい歩みじゃない。


目の前に現れた、虹の橋を見上げそう思ったときだった。


――君は、こっちだよ。悪い子だったからね


ああ、そうだ。

そう言われると思ってた。

でもその声は、決して冷たくなかった。


その瞬間、不思議な感情が胸に溢れた。

これまでの生が、心のなかでぐるりと裏返った。

孤独、恨み、怒り、恥、後悔。

それらが全部、なにか大きなものの輪郭を成していたことに、ようやく気づいた。


魂に足が生えたみたいに、地面を踏みしめる感覚があった。

振り返ったが、もう何も見えなくなっていた。


「行こうか」


犬たちが、先に立つ。


コートの襟を直して、足元を確かめながら、

その後ろに、静かについていく。


――大丈夫

――君とおなじ、さみしい奴ばっかりだし、悪くはないところだよ


そうか。

楽しみだな。

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