表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/52

洛中

盆踊りの練習を終えて、七条大橋へ向かう。

汗が引く前の空気は重く、白い日傘の下にこもった熱がじっとりと首筋を濡らす。

それでも、こうして外を歩く理由があるだけ、まだ幸せだ。


正面大橋の手前で、向こうから二人連れがやってきた。

男は、見間違えようもない。

カンカン帽の、あの人。

笑顔のまま、軽く「よっ!」と声をかけてくる。


隣の女——

涼しい顔で、こちらを値踏みするように見た。

あれは私を見極めてやろう、という顔だ。

敵意に反応し、胸の奥がきゅっと縮む。


「婆さん」に見えるだろう、そうだろう。

「狂女」に見えるだろう、左様でございます。


ええ、あなたの目には、もう使い道のない古い器に映るでしょうとも。

しかし——この街で誰よりも長く、桜の花が散る速さも、

祇園囃子が夜風に溶ける温度も、

秋の川霧が橋を飲み込む瞬間も、

冬の朝の石畳がきしむ音も、

すべて、この眼で見届けてきた。


若さと軽さは、川面の波のように気まぐれにきらめき、

気づけば泡のように消える。

私は、その泡の一つひとつが消えるたびに、

名前を知り、顔を知り、

もう二度と戻らない声や匂いを胸に沈めてきた。


だから何だ、と言われれば、何もない。

けれど、それを積み重ねた私を、

ただ「婆さん」と呼ぶなら、

それはあまりにも浅い見立てだ——そう思う。

だが、この街で誰よりも長く季節を見届けてきたのは私だ。


二人とすれ違い、日傘の影を少しだけ濃くして歩みを速める。

ふと視線の先、川沿いの草むらに、髪の長い女子高生が立っていた。

西空を、ただじっと見上げている。


——孫娘だ。


胸の奥がざわつく。

あの子の眼差しの奥に、私の中の古い恨みが見えた。

置き去りにされたような悔しさ。

誰かを羨むときのひりつくような痛み——

ああ、やっぱり遺ってしまったのだ。

あの娘には見えている。



私は日傘を握る手に力を込めた。

草むらの向こう、川面が赤く揺れている。

どうかあの子が、私のようにならないように。

そう祈りながらも、

並行して、ついさっきの消せない嫉妬がまだ燻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ