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犬殺し

本町の叔父が死んだ。

独りきりで、東山の小さな古い家で、のたれ死にみたいな最期だったらしい。

もう何年も誰とも口を利いていなかったとかで、

部屋には、埃をかぶった焼酎の瓶と、カビの生えたそうめんが残っていたそうだ。


変わり者だった。

というか、ろくな男じゃなかったらしい。

女癖も酒癖も悪くて、親戚中から煙たがられていた。

おまけに偏屈で、身内の集まりにも顔を出さなかったから、

“ああいう人やから”と、何年も誰も訪ねなかった。


そんな人の葬式だ。

悲しむ者なんて、いるはずもない。


親戚は、仕出しの弁当をつつきながら、

笑ってた。

酔ってた。

「ほんまアホやったなぁ」

「あんたもあんなんなったら終わりやでぇ」

そんな軽口すら飛び交っていた。


私は黙って天ぷらに醤油をかけたら、

横にいた伯母が眉をひそめて言った。

「ええっ……信じられへん。塩やろ、普通」

みんなに笑われた。

「関東暮らし長いからやわ、かわいそ」

そう言われて、

私はこの場で異物になっていた。


そのときだった。

酔った父が、ふと叔父の話をした。


「あいつ、小学生のころな――」

と、ポン酢の小皿を指先でなぞりながら語り出した。


叔父は阿弥陀ヶ峰、つまり豊国廟の中腹で野犬を飼ってたんだって。

あの長い石段の途中、昼でも暗くて誰も寄りたがらないあの場所で。

毎日、今熊野商店街を回っては、裏口から残飯を“拝借”して、

少しずつ与えてたらしい。


最盛期には十三匹くらい。

痩せこけて、牙をむいて、でも叔父にはなついてたという。

変わり者でも、犬には好かれてたんだろう。


けど、ある年の夏。

犬殺しが来た。

昔の言い方だが、保健所のことらしい。

竹の棒を持った男たちが、繋がれてない犬を捕まえてまわってたらしい。


一瞬で何頭か、トラックの檻に放り込まれた。

野良犬なんてそんなもんだ。

だれもかわいそうなんて言わない。


でも、叔父は――

ひとりで、戦った。


鎌を持って、男たちに向かっていったらしい。

「こいつらは俺の家族や!」

そう叫んだらしい。

警察まで呼ばれて、

大人たちに押さえつけられて、それでも泣き叫んで。


「そこからやな……目が変わったんは」

父がそう言った。


“目が変わった”。

つまり、何かが壊れた。

その瞬間から、叔父はもう普通の社会とは噛み合わなくなっていったんだろう。


私は思った。

すげぇかっこいいじゃん。

誰も味方しない時に、ひとりで戦える人間なんて、なかなかいないよ。


私がいたら、きっと一緒に戦った。

包丁でも何でも振り回して、守ろうとした。

警察に止められたって、大声で叫んだはずだ。


叔父は、たぶん不器用で、哀れで、

でも、ちゃんと魂を持ってた人だった。

私は醤油をつけた天ぷらを静かに食べながら、

そう思ってた。


誰もわからなくても、いいや。


私は、あの人を笑わない。

だって、

魂に、キラキラと輝くものが見えるから。

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