青い部屋
団栗橋で、老婆が業務スーパーの袋を広げていた。
中から鶏むね肉を引きちぎり、橋の下のアオサギに投げ与えている。
ちぎっては投げ、またちぎっては投げ。
肉片が水面を打つたび、川の青がわずかに濁る。
その瞬間、胃の奥がきゅっと締めつけられ、吐き気がせり上がった。
見えたのだ──
賽の河原に集まりし水子、間引き子、目くらの子。
手足は石に擦れてただれ、泣きながら石を積んでいる。
「父上恋し、母恋し」と呼ぶ声が風に混じる。
老婆の手から投げられた肉片が、まるでその子らの口に運ばれていくように思えた。
若いころ、私も一度、堕したことがある。
何も考えていなかったわけじゃない。
でも、そうするしかなかった。
──本当に?
問いはいつまでも終わらない。
鴨川の流れのように、心の底で濁り続けている。
風が吹いた。
空の藍と川の青が溶け合い、無限の奥行きをつくる。
その深みの向こうに、地獄があるように思えた。
けれど次の瞬間、ふと別の光景が立ち上がる。
そこは「青い部屋」
生まれる前の魂たちが静かに眠る場所。
まだ名もなく、痛みも知らない子らが、
遠くの水音を聞きながら微笑んでいる。
誰かが呼ぶ声を待ちながら、光の粒の中に浮かんでいる。
生まれ出る、順番を待っている。
──あの子も、あの部屋に帰ったのだろうか。
老婆の姿が揺れて、アオサギが翼を広げた。
美しい。
水面に落ちる影が、私の心をなぞる。
涙とも汗ともつかぬものが流れ落ちる。
青い川、青い空、青い部屋。
そのすべてが重なり、
私はただ立ち尽くす。
赦しは無い。
声をかけることも、祈ることもできない。
後悔の色の中で、黙って息をするしかない。




