臭くない人なら
ヒールが足に食い込む感覚に、もう痛いとも思わなくなったのはいつからだろう。
祇園の交差点の角。
キャッチ禁止って書かれた看板の前で、
私は「キャッチじゃなくてご案内です」って言い訳しながら、
今日も立ってる。
「メイドカフェ、どうですか〜」
「1時間3000円で飲み放題です〜」
笑顔、声のトーン、立ち位置。
全部マニュアル通り。
でも、足だけはマニュアル通りにいかない。
靴ずれのところ、また擦れた。
痛い。ムカつく。
誰も見てないけど、平気なふりをする。
お客さんの顔を見るたび、考える。
この人、店まで連れてったら怒鳴るかな。
触ってくるかな。
ねちねち話しかけてくるかな。
それとも…ただ黙って座っててくれるかな。
臭くない人なら、誰でもいいのに。
本当にそれだけなのに。
今日の私はそれすら引き寄せられないらしい。
プラカード重くて、少し前屈みになると、
スカートの裾が風でめくれる。
酔っ払いが一瞬こっちを見たけど、
興味なさそうに目をそらした。
ひれ伏したまえ。
祇園って、綺麗にライトアップされすぎてて、
逆に自分のくすみが全部見える気がする。
化粧も、制服も、ぜんぶ反射して、
「嘘やろ?」って顔でこっち見てくる店のウィンドウが嫌い。
でも、あと1時間立てば終わる。
もうちょっと。
スマホがピッと鳴って、
「いま空席7、がんばってー」と店長のDM。
がんばって、か。
頑張ったら、何か変わるんかな。
足の皮が破れたとこに、血が滲んでる。
でももう、気にならない。
私はまた声を張る。
「おにいさん、メイドカフェ、どうですか?」
臭くない人なら、それだけでいいのに。




