リングアベル
山あいの冷気が、朝まだきの土を濡らしていた。
霧が薄く降りた畑の畝に、霜が白く光っている。
木々はすでにほとんど葉を落とし、紅葉の名残が石垣の上に貼りつくように散っていた。
その向こうに、こぢんまりとした本堂の屋根。
大原の集落の外れ、小高い場所に建つ小さな寺――ここが私の家だった。
戦の終わりから、もうすぐ七年になる。
占領軍の影も、少しずつ薄くなりはじめていた。
けれど、空気の匂いにはまだ、鉄と油と、異国の風が混ざっているように思える。
かつて、鐘が吊られていた場所には、いま何もない。
縄の痕だけが天井の梁に残り、誰も見上げようとしなくなった。
昭和十八年、金属供出で鐘は運び去られた。
「仏様も、今は兵士として戦ってくれるでしょう」
軍人のその言葉を、私は一生忘れられないと思う。
まったく、どのようなご冗談か。
鐘の音が消えてから、本堂のまわりの風景はなぜか少し色褪せて見えた。
あの低く、深く、胸に落ちる音は、毎朝の祈りの代わりだった。
季節の移ろいを告げるものでもあり、
どこかで誰かが「まだここにいる」と知らせる印のようなものでもあった。
私を律する大いなるおつとめは、いまやただの暴力となり忌むべき世界の一部になったと諦めた。
ある日、河原町にある廃棄場を横に見た。
米兵が残していった物資の山、缶詰の空き缶や使い捨てられた靴、英文の書かれた紙きれ。
うずたかく積まれた金属は、シニカルな光を帯び私を拒絶していた。
鉄は、国のために供され、やがて溶かされ、加工され、
戦機となり、弾丸となり、
そして今――缶詰になって帰ってきたのだ。
私はただ、立ち尽くしていた。
魂を返せ。
胸の奥で、その言葉が何度もめぐった。
風が吹いた。
晩秋の風は、葉を鳴らさず、ただ静かに、裾を揺らして通り過ぎていった。
寺に戻ると、庭で息子が遊んでいた。
トマトホールの空き缶に縄を通して作った“缶ぽっくり”――
かポン、かポンと、空き缶を鳴らしながら、よろけながらも楽しげに歩いていた。
「見てて、おかん!」
そう言って笑う顔は、まだ赤らんでいて、風のなかで光っていた。
その音は、かすかに、あの鐘に似ていた。
――ああ、魂は、帰ってきていたのかもしれない。
姿を変えて、声を変えて。
ただ、それを見届ける目だけが、こちらに残っていたのだ。
私は奥から、古い鐘の写真を取り出して仏前に供えた。
静かな、晩秋の午後だった。
雲の切れ間から、陽が差し込んで畳を照らしていた。
鐘はない。
けれど、今日もここで、音が鳴っていた。




