ソンクラン
初めて祇園祭の宵山に来た。
ラグジュアリーホテルのシェフとして京都に来て三年。
祭りの夜に出歩くことすらなかった。
だが今日は、たまたまオフだった。
同僚の日本人に誘われたわけでもなく、
ふらっと、足が勝手に人ごみの方へ向かっていた。
四条通は、人、人、人。
天井の低い街並みに、提灯の赤と人の湿気が滞留していた。
見上げれば、鉾の上で笛が鳴る。
まるで、別の時代に入り込んだような空気だ。
私は、タイ・ナコンパトムの出身だ。
家族は今でも郊外で農業をしている。
LINEのグループに、姪っ子が載せる朝の市場の写真。
香草の匂いがスマホの画面から滲み出そうで、こみ上げて見られない日もある。
そして、ソンクラン。
あの、水を掛け合って無礼講になる三日間。
タンクトップ姿の兄がバケツをかぶせてきた。
はしゃぐ祖母、びしょぬれの犬。
あれは、暴力じゃない。
魂の歓喜だった。
だから今、この宵山の美しすぎる秩序に、少しだけ苛立っていた。
──なぜ誰も、叫ばない。
──なぜ誰も、水を撒かない。
──なぜこの熱が、熱のままで終わるんだ?
堺町通の路地にある甘味処の行列に並ぶ若いカップルを見て、
私は一瞬、拳を握った。
別に、怒っていたわけではない。
ただ、血が騒いだのだ。
騒げ、心よ。
今この場に、故郷の熱を注ぎ込みたい。
思い出の中の泥と雨と笑い声を、
この静かな鉾の下にぶちまけたい。
だが、何もせず、
セブンイレブンで冷たいコーラを買って、裏通りの民家の塀に寄り掛かった。
水は撒かれない。
誰かのうちわの風が、少しだけ汗を拭ってくれる。
目の奥では、
ソンクランと祇園祭が重なって、花火のように弾けていた




