表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/52

ソンクラン

初めて祇園祭の宵山に来た。

ラグジュアリーホテルのシェフとして京都に来て三年。

祭りの夜に出歩くことすらなかった。


だが今日は、たまたまオフだった。

同僚の日本人に誘われたわけでもなく、

ふらっと、足が勝手に人ごみの方へ向かっていた。


四条通は、人、人、人。

天井の低い街並みに、提灯の赤と人の湿気が滞留していた。

見上げれば、鉾の上で笛が鳴る。

まるで、別の時代に入り込んだような空気だ。


私は、タイ・ナコンパトムの出身だ。

家族は今でも郊外で農業をしている。

LINEのグループに、姪っ子が載せる朝の市場の写真。

香草の匂いがスマホの画面から滲み出そうで、こみ上げて見られない日もある。


そして、ソンクラン。

あの、水を掛け合って無礼講になる三日間。

タンクトップ姿の兄がバケツをかぶせてきた。

はしゃぐ祖母、びしょぬれの犬。

あれは、暴力じゃない。

魂の歓喜だった。


だから今、この宵山の美しすぎる秩序に、少しだけ苛立っていた。


──なぜ誰も、叫ばない。

──なぜ誰も、水を撒かない。

──なぜこの熱が、熱のままで終わるんだ?


堺町通の路地にある甘味処の行列に並ぶ若いカップルを見て、

私は一瞬、拳を握った。

別に、怒っていたわけではない。

ただ、血が騒いだのだ。


騒げ、心よ。

今この場に、故郷の熱を注ぎ込みたい。

思い出の中の泥と雨と笑い声を、

この静かな鉾の下にぶちまけたい。


だが、何もせず、

セブンイレブンで冷たいコーラを買って、裏通りの民家の塀に寄り掛かった。


水は撒かれない。

誰かのうちわの風が、少しだけ汗を拭ってくれる。


目の奥では、

ソンクランと祇園祭が重なって、花火のように弾けていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ