灰皿のあった朝
シゲさんは、毎朝7時すぎに来る。
チューハイ、新聞、セッターのソフトパック。
何も言わなくても私がレジに立ってるときは、目だけで会釈して、
ぴしっとお金を出して、
「今日も頼むわ」と、まるで薬を受け取るみたいにタバコを受け取って帰る。
店の前にあった灰皿で、新聞をめくって、
チューハイをちびちびやりながら、タバコに火をつける。
真夏でも、真冬でも。
その姿が、いつの間にか「朝の風景」になってた。
でもある日、その灰皿がなくなった。
本部の方針ってやつで、
「健康志向」「イメージアップ」とか、そんな理由だったと思う。
次の日も、シゲさんは来た。
でも、手にした新聞を眺めながら、灰皿がなくなった場所をじっと見て、
一言も何も言わずに、そのまま帰っていった。
それが最後だった。
別に、仲が良かったわけじゃない。
でも――
なんていうか、
こっちが勝手に「見守られてる」ような気持ちでいたのかもしれない。
灰皿がなくなった場所に貼られた禁煙ポスターが、
妙にうるさく見える日がある。
健康? たぶん、そうなんだろう。
でも、シゲさんのあのタバコは、
あの人が、今日もここに生きてるっていう、
誰にも知らせないサインだったような気がする。
今日も朝の京女ラッシュが過ぎて、
新しいお客さんが変な総菜パンとコーヒーを買っていく。
私も、新しい顔を覚えていく。
だけど、
灰皿のあったあの場所だけは、
シゲさんの椅子のままだと思ってる。




