わたし戦記
祇園祭の熱気が残る夜。
顔が火照って、喉が焼けて、靴のヒールが足に食い込んでいた。
なのに彼は、次の店、次の酒、って笑っていた。
うまく笑い返せなくなってきた自分に、自分でも気づいていた。
猫カフェの前で、ふと足が止まった。
前から気になってた店。
夜はもう閉まっていて、店の前のガラスに白いシャッターが降りていた。
次の瞬間、胃が反乱を起こした。
「ちょ、マジか、大丈夫?」
肩を支えられる。強く、雑に。
ついさっきまで「可愛いね」って言ってたその手が、
いまは私の肘をつかんで、重たい荷物でも運ぶみたいに動かしてくる。
「うるさい、静かにして」って言いたかった。
でも、口の中がまだ気持ち悪くて、言葉にならなかった。
顔を上げると、ちょうど向かいのコンビニの前に、中学生くらいの男の子が立っていた。
制服じゃなかったけど、雰囲気でわかる。
まっすぐな目で、でも怖がってるみたいに、うつむいてる。
目が合いかけて、彼はすぐに視線をそらした。
「ああ、この子はきっと、こんな風になりたくないと思ってるんだろうな」
そう思ったら、笑いそうになった。
でも、喉がつかえてうまく笑えなかった。
何がしたかったんだろう、今日。
なんで着飾って、ヒールなんか履いて、
なんであんな人と、飲んだんだっけ。
「モテるうちに楽しまなきゃ損」
誰かの声が、いろんな夜に染みこんでて、
それをなぞってきただけだったのかもしれない。
なのに、猫カフェの前で嘔吐してる私の姿を、
誰が愛したいと思うだろう。
帰り道、彼はタクシーを呼んでくれたけど、
私は断った。
「ちょっと歩きたい」って言ったら、面倒くさそうな顔をした。
その顔を見た瞬間、ああ、今日はこれで終わりだと思った。
四条大橋に出ると、鴨川沿いにカップルが座っていた。
その向こう、川風が冷たくて、少しだけまっすぐ歩ける気がした。
別に“愛される女”じゃなくていい。
今夜だけは、誰も見てないところにいたい。
“君たち”になんて、混ざらなくていい。
でも、あの子の顔が、ふとよぎった。
まっすぐで、まだ、まっさらな目。
それだけで、なんか、今日はもういいやって思った。
明日、髪を切ろう。
ヒールは、捨てよう。
猫カフェに、昼間行ってみよう。
鳴き声の聞こえる店内で、ただ黙って毛並みを撫でるだけの時間が、
今の私にはちょうどいい気がした。
小さなことから、自分をつくりなおす練習。
どう生きるか──
私は、私のまま、生きたい。




