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08『要塞攻略作戦』

 時は夜。日が暮れ、月が昇り夏の暑さは人気の無さも相まって背中を撫でる冷風に変わり、住宅街の道路を這う。

 そんな世紀末に近しい日本のとある建造物の前に、八人ほどの人だかりがいた。各々、簡易武装をしており、手には刺股が握られていた。

 

 ゾンビではない、生きている人だ。


 生きている人は、リーダーと思えるガタイの良い兄貴面の人物を中心に集まっており、その人物の手元を見ていた。彼らの視線を釘付けにしているのは、「開けて」とマーカーで書かれた段ボール箱だ。


 「これ、開けてみます?」


 「だけど怪しいっすよ。やめときましょ」


 茶髪の男性が二メートルはありそうな体格のいい男性に問い掛けると、後ろで見ていた別の男性から疑いの声が出た。

 雨に濡れて普段より暗めの色をした段ボール箱の中身は固形らしく、揺らすと音がする。底から水が滴っており、不快感がダイレクトに手に伝わり、リーダーもしかめっ面をしている。


 彼らはヤマト地区のレジスタンスの遠征部隊である。今回は、目の前の建造物である私立十六夜学園の占拠を目論んでいる。いざ乗り込もうと意気込んだ矢先、正門におかれた段ボールに目を取られたといういきさつがある。

 

 「わざわざこんなものを置くということは罠の可能性も…」


 「でも罠をしかけるにしても、こんなバレバレな…」


 「罠にかけて何があるんだか。SNSのネタにするとか? もうあまりネットワーク接続もよくないのに。それに人よりゾンビの多いこの状況で…」


 「リーダー、開けましょう。罠かもしれないとはいえ、もう何度も振ったじゃないですか」


 「そう、なんだけど、なぁ……」

 

 そう言われ、筋肉の妖精がとまどう。既に怪しさを払うべく振ったらしい。しかしいざ開けようとなると覚悟が決まらない。筋肉のくせに繊細なのも問題である。

 そんな、頓着状態がかれこれ五分も続いて、そろそろ十分が経過しようとした時、目の前の住宅街、その角から大声でこちらに近寄ってくる人物が現れた。


 赤茶色の刈り上げスタイルの中肉中背の男性だ。


 その男は大きく手を振りながら、手ぶらで集団に近づき、


 「おう、遅くなっちまったなぁ! はっはっはっは! でも出すもん出して来たからよぉ!!」


 「汚い話を大声で言うな! ゾンビが来たらどうするんだ」


 「あぁ、わりーわりー。でも人生はじめての野糞だぜ? どこの道路のど真ん中でやるか色々考えてさぁ!」

 

 「だから大声で喋るな!」


 「大西さん、釣られて声が大きくなってる……!」


 大西と、そう呼ばれた青年は軽く咳ばらいをし、遅れて合流した男を見る。男は簡易的な武装をしつつも、時代遅れの番長のような服装をしていた。いつの時代のものなのか、下駄も履いている。


 「……動きやすい服だったと思うんだけど、出発前に見たお前の服ってそんなだったっけ?」


 「あぁ? あれは動きやすいけど、カッコわりーじゃん。こういうイベントはしっかり気を引き締めなきゃならねーからな。こっそり持ってきて、着替えたんだよ!」


 「「「「この馬鹿!!!!」」」」


 くるりとその場で回り、下駄の音を響かせる男に他数名の怒号が飛ぶ。思わずのけぞる男は、あわあわと話を誤魔化せる話題を探して―――、


 「おう、それってなんだよマサ。段ボール箱?」


 リーダー、もといマサの持っていた段ボールに目がいった。しとどに濡れた段ボールを持ったマサは「あぁ」とだけ言う。近寄ってきた男は段ボール箱を見て、


 「これ何が入ってんだ?」


 「わからないんだ。「開けて」って書いてはいるけど、もしかしたら罠か、も――――って!」


 言い終わる前に、男はマサから半分乱暴に段ボール箱を奪い取り、封をされたガムテープをはがしていく。奪われたことに遅れて気づいたマサ、取り巻きが急いで男を取り押さえようとするが、決定的に遅かった。


 「開けてみるにこしたことはないじゃねーか……ぐぇっ」


 「お前ってやつは! お前ってやつはぁ―――! ……うん?」


 ガムテープをはぎ取り、箱を開いた男の首を抑えた茶髪の男は腕を叩いてギブを宣言する男をよそに、箱の中の物体に視線を奪われていた。

 そっと、手を伸ばして箱の中身の一つを取り出す。それは袋に梱包されていたが、ぷちぷちに覆われたそれは見たことのあるもので。


 「トランシーバー?」


 「トランシーバーだって?」


 マサや他の仲間は茶髪の男の周りに集まり、箱の中のトランシーバーを手に取る。電源はつけられていないが、間違いなく携帯型のトランシーバーだ。

 実際は子どもを見守るため保育園児や幼稚園児の長距離移動では携帯必須になる「どこでもキケール」という商品なのだが、そんなことはお構いなしに男たちはアンテナのついた薄い黒い板を袋から取り出す。


 「これがあれば、めっちゃいいんじゃねぇの!?」


 「エーテル電池だ! 長持ちするぞこれ」


 「電源もつく。ただのガラクタってわけじゃねぇか」


 「これならこんな大人数で一階ずつ制圧する必要はないな!」


 合計五個のトランシーバー。計八人のメンバーでは割り切れないが、それでも情報戦と言う立ち位置では大きく前進したと言える。

 

 「とりあえず、全部動くか確かめましょうか。つなげ方は知ってるから任せて」


 大西と呼ばれる青年が五個のトランシーバーを起動させる。そして画面のボタンをクリックし、充電の残量や音声調節を済ませ、連動画面へと移行して、

 

 ふと、手が止まった。


 「どうかしたか?」


 マサが声を掛けると、大西は振り返り少し困惑と焦りを混ぜた眉をひそめて言う。


 「既に繋げられてる。それもこの五機の他に、後一機」


 「あんだと!?」


 思わず尾形が声を上げる。

 大西が言いたいことはつまり、この段ボール箱は誰かからの「プレゼント」ではなく、まごうことなき「罠」であると。

 気づいた時には既に遅く、電源を入れたその瞬間に相手の術中にはまっているのだ。


 トンネルを高速で動く新幹線のような音が聞こえ、狼狽する大西たちに対して冷静な声が聞こえた。


 『どうやら、この声が聞こえる人間が現れたか。もしくは外をうろつく怪物にでも見つかったか?』


 声は重低音のまま、しかしこちらが人間であることを信じているかのような確信した物言いに、思わずマサが反応した。


 「あ、あんた誰だ?」


 『私が誰かなんて、それは些細な問題ではない。これを開けたということは、即ちこの学校を攻略しようとするのだろう? 後ろから声が聞こえるということは、集団だ。集団でここら辺に来るとなると理由は一つしかない』

 

 「お前、何者だよ? まるで俺らが此処に来るって分かってたみたいな物言いだな。それに段ボール箱も…」


 『それは考えすぎというものだ。何せ、その段ボールはある種の「保険」。もし「彼」が無事に帰れなかった場合、誰かしらに助けを求めるためのね』


 「保険だと…?」


 『私は「彼」を止めたんだが忠告を聞いてくれなかったため、「保険」を渡したんだ。一応校内図も持って行かせたが、どうなったかは分からない。「彼」からの連絡もないから、若干諦めていたが、君らが来てくれたのならまだ希望はある』


 希望と、そういうにはあまりに無機質的な男の声に、マサの取ったトランシーバーとは別のトランシーバーを大西が手に取る。彼は一方的すぎる男の言葉に苛立ちを募らせながら、マイクを口に当てて言う。


 「君さぁ、顔も見せずに人のことを「保険」扱いなんてさぁ。礼儀はないのかい?」


 『礼儀で人の命が救えるなら、既にそうしている』


 「――――っ! 君ねぇ!」


 『何も、君らレジスタンスにとっても悪い話ではない。ヤマト地区のレジスタンスの「参謀」君?』


 男の声が確かに「レジスタンス」と言った時、大西含めてメンバーの動揺する声が聞こえた。こちらが何者なのか名乗ってもいないのに、無線の先にいる男はこちらの正体を知っているかのような口ぶりなのだ。

 男は続けて言う。


 『リスクに見合うリターンは用意しているとも。こちらが提示するリターンは、この学校そのものだ』


 「はぁ!?」


 『無論、中の怪物どもを排除しなければそのリターンを得ることは出来ないが、私はその為の作戦を用意することが出来る。それに、私が送り出したとも言える「彼」もある。「彼」は戦闘能力は並み程度だが、頭の回転の速さは悪くない。実際、私の指示以外のところでは上手くやっていた』


 「待て待て、今言った「彼」っていうのは何だ?」


 『「彼」は「彼」だ。名前は私も知らない。ただ、「彼」が無謀にも学校に入ろうとするところを目撃し、知恵と「保険」を与えたのは事実だ。「彼」はSNSで見たというこの学校の生存者を助けるべく学校に侵入したのだ』


 「SNSでの生存者……、この前保護した子も、この学園には生存者がいたという話を聞いたと言っていた…。となると……」


 『君らが「彼」を助けてくれたなら、「彼」は君らについていくだろう。ほんの少しの関りだが「仁義」に厚い高校生だった。まぁ、死んでいる可能性もあるから、私が実際提示できるリターンは「安全な学園攻略方法」と「この学校」だが』


 「その「彼」が生きてる可能性はないんでしょう? それに「罠」の可能性もある」


 『「罠」か。そう思うのならそれで構わない。だが、私が君らを貶めて何になると? 未知を危険視する姿勢は良いが、もっと論理的思考を磨くべきだな、君は』


 「君さぁ、助けてもらう側なのになんでそう偉そうなの?」


 『実際に助けてもらうのは「彼」であって、私ではない。それに「彼」が生きてるか死んでるかは分からない。だからこそ、確実なリターンを提示しただけだ。それとも、君は「罠」と言って見捨てるのかい? 学校は顕在だが、人の命は分からないぞ』


 「だからさぁ! ―――あ゛っ!?」


 大西の怒号が無線を貫こうとした瞬間、彼の持つトランシーバーを後ろからひったくられ、バランスを崩した大西が背中を打って呻く。

 彼から無線を強奪したのは、尾形だった。態勢を整えた大西が吠えるも、尾形は「んべ」と舌を出す。


 「馬鹿! 何をする!」


 「るっせーよマセガキ」


 「はぁ!?」


 拍子抜けした大西を無視し、尾形は無線を耳に当てる。


 「なぁ、その男はまだ高校生のガキなんだろ? 生きてる可能性はどれくらいあんだ?」


 『「彼」と連絡が途絶えたのは、トラブルによってのもの。怪物に追いかけられ階段を踏み外して落ちた後に連絡がつかなくなった。階層としては一から三階までの間だと考えられる。落ちた後にも逃げる足音は聞こえたから、生きている可能性はあるにはある』


 「そうかよぉ。じゃぁ、乗るぜその話」


 尾形の言葉に、メンバーの全員がぎょっと目を開いた。


 「もとから俺たち、学園の生存者見つけるために来たからな。生徒だろうがなかろうが、生存者見つけて連れ帰るのが目的だ。しかもまだガキなんだろ? 俺ぁ馬鹿だから分かんねーけど、分かることもあんだよ」


 一旦尾形は息を吐き、そして肺いっぱいに空気を吸い込んで無線越しに堂々と言う。


 「生きてるかもしれねーガキ見捨てて、それで平気で帰って寝れねーってな」


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