05 『私立の要塞』
私立十六夜学園とはヤマト地区にある大規模な私立中学だ。人口増加に伴う増設により、最初は一般的な中学校より小さかった建物が今では山からその存在を視認できるほど高く、大きいものとなった経緯がある。
アヤトはその学校の駐車場にある駐在所の屋根に載って、辺りを観察していた。
「運動場方面にはゾンビが十体、階段や屋外テラスの方も十体前後、内部は分からないが、ドローンで潜り込ませた四階には八体のゾンビが確認できた。あのレジスタンスは此処を制圧しようと言っていたが、…正直無理では?」
盗聴器から得た情報が真実とするなら、あのレジスタンスは間違いなくこの私立中学を狙っている。しかも相当の武力がない。これではまず正攻法では無理だろう。そう考えたアヤトは手の甲に顎を乗せて思考する。
「どこかしらに誘導したいところだが、校内のゾンビの合計が分からないし奴らを一か所に封じ込めるのは無理か。運動場のゾンビと校舎付近のゾンビは調整池の二番煎じでどうとでもなりそうだが、処分場所の見当もない。ほっぽりだしてもそれは臭いものに蓋理論だ」
アヤトの視線の先には運動場をまばらに移動しながら野球用のスポットライトの点滅に唸り声を上げているゾンビの姿がある。彼らは体の一部が歪な形態になっており、ゾンビというよりは化け物の呼称が正しいとすら思える。
校舎方面のゾンビも似たような状況だが階段の概念を知らないのか、階段は這って登り降りをしているなど知能面というか、生物的に難があるように見える。
彼らを見ていたアヤトはふと過去の情景を思い出した。
化け物との初対面の時だ。
あの時は奇襲を敢行するため一瞬の気を引く必要があり、スマホを鳴らしたが、あの化け物は着信のあるスマホへの関心はあれど、操作する素振りがなかった。その時は深く考えていなかったが、今この状況を見て、アヤトは目を伏せる。
「化け物………化け物か………、認知能力への欠陥が認められるが、脳は動いていないのか? 歩行、走行、掴む、食べるの動作には違和感はなかった。だが………」
ただ姿見が変わるだけなら、大した意味はない。だが、それだけではない。おそらくもっと別の、根本的な問題があるとアヤトは考える。だからこそ、この中学校の制圧は早い方が良いとも思った。だが、根本的な現代構造への理解のなさがあるとはいえ、ゾンビの数は甚大だ。物量で押されれば、レジスタンスでは為す術がないだろう。しかもゾンビは唸り声が怖いし、顔も怖いと来た。それなりに武力があってもホラー耐性の無い人だと辛いものがあるだろう。
アヤトは駐車場の車に目を向ける。車は全部教職員のものだが、その車のある駐車場は生徒の侵入を塞ぐために鉄格子によって囲まれている。この車を使えればかなり強い戦力になるが、外の門を開けても肝心の車のキーがないのであれば使えない。
「どうするか…駐車場から車を引っ張りだせればいいんだが、………いや、この駐車場をゾンビ達の檻にするか。いや、せめて車は数台運び出したいな。しかし…」
一階の、おそらく職員室がある場所の窓は全て閉まり切っており、二階も同様、三階はベランダが空いているが空き教室を倉庫にしているらしく、教室から外に出るのは容易ではない。職員室から車のキーを探すのは困難を極めることだろう。しかしこの駐車場の車を全て諦めて檻にするにはもったいない。
アヤトはタブレットに表示させたドローンの撮影画像を見ながら、突破口を探す。
「一階ごとにゾンビが八体いる計算だと四十八体いる計算になるがもっと多いと仮定すべきだな。教室に閉じ込めるという作戦を取っても良いが、結局は職員室を迂回しないと鍵を手に入れられない。非常扉も使うべきではない。となると…うん?」
写真をスライドしながら、アヤトの目は先の写真の違和感を捉えた。前の写真にスライドし、撮った写真の右端をつついて拡大化する。
それは火災用の消火器、そして暴徒鎮圧用の展開式シールドだった。
この日本は政府と民間の紛争が長く続いており、時折民間人のデモ隊と政府お抱えの軍が衝突する。民間のデモ隊も一筋縄ではいかず、企業の協力を得て武装をしていたりするためそういった人間から生徒を守るために、公共施設には防護武装が備え付けになっているのだ。アヤトはそういった環境で育ってきたため、完全に頭から消えていた。
「そういえば、教職員は暴徒鎮圧用の拳銃を持つことが義務付けられてたな。確かリコイルキャンセルだったか……、殺傷能力はなくとも骨を折るほどの強力な衝撃性のあるFB弾を使用するもの。……殺傷能力がないのが痛いが、足止めとしては丁度いいのか…」
アヤトの知識にあるリコイルキャンセルとは、反動抑制の片手拳銃のことである。FB弾を使う為に作られた銃器であり、連射性、速射性に優れている反面、近づかないとまともに当たらない、跳ね返った弾による二次被害もありえるといった弱点も内包する武器だ。教職員法に定められた武器であり、不審者や暴徒の侵入が発生した時はこれらで対応することになっている。
その武器があれば、ゾンビの足を止めることができるというのがアヤトの考えた戦闘方法だ。
「ゾンビは殺害ではなく、無力化…。今はこの方法が一番効果的だが、問題は……」
まず一番の問題は、その銃器をどうやって入手するかである。
シールドはドローンで回収できる。消火器も学校以外で探せば手に入る。しかし銃器はどこにあるかが分からないのだ。実際は教職員専用の個人ロッカーに備え付けられており、緊急時にのみホルダーの鍵が自動解除するという仕組みである。しかしそれは生徒には教えられないため、アヤトには全くもって見当もつかない。
しかし、アヤトは考える。
「思い出せ。確か侵入者等避難訓練があった時、先生はどうしていた? 確か教壇にある備え付けシールドを持って生徒の先頭に立って………、それでどうしていた? 生徒達に避難用の梯子を使わせて……、その時先生は最後の生徒を出してから教室から出て行ったはず……。どこへ向かった? 制圧には拳銃を使うことは説明されていたが……」
眉間を親指で小突きながら、アヤトは中学校の頃、県立中学の教師たちが取っていた行動を思い返す。
「可能性があるのは職員室だが、あそこに銃器を出す場所はあったか……? 個人用ロッカーも可能性はあるが他で怪しい場所はどこだ……? 生徒の目が届かないような場所、場所…場所……」
倉庫、どこかの隠し扉、床、考えてみたが答えは出ない。
「武器らしい武器ってのもなぁ…。これじゃレジスタンスとも交渉できないな。シールドは回収するにしても…」
アヤトは機器操作アプリを開き、再び停止させていたドローンを動かす。
ドローンは前動作もなく、三方向のプロペラを回しながら浮かびあがる。下流噴射機構によって第一世代のドローンよりもより立ち上がりが早いドローンは、即座に機器操作アプリによって入れられた情報を基にアヤトの頭より高く、軽々と駐車場フェンスを飛び越えてもう一度四階の空き窓から侵入する。
そんな滑らかな挙動と、ドローンのカメラに映し出される光景を見ながらアヤトはアメリカ連邦の自堕落な女神のような体勢で息を吐く。
「これくらい簡単なら楽なんだがな。第三者的視点の情報があれば、それだけでも立てられる戦術はいくらでも湧くんだが……」
遮蔽物の多い校内は探索は一階層が限界だが、機械ゆえのアドバンテージはかなり高い。ドローンは落とされても立て直しが容易であり、かつ大型と言えど人体に比べれば小柄であるため、ゾンビの攻撃を避けやすい等がある。一番は客観的に物事を捉えられ、全体の情報を得られるというところだろう。人の目は思考や感情、記憶に左右されやすく、見間違いなどがあるが、機械の目は信頼できるデータとなる。
これらの情報を提供できるとなれば、それだけでレジスタンスに入る際の扱いの保証は期待できる。
「現段階では四階の大まかなゾンビの位置と徘徊ルート、教室、武器を知ることが出来たが、そこから下と上は難しいな…」
せめて全階層の写真とかがあれば話は変わるんだがな、と思いながらアヤトの操作でドローンは四階層の暴徒鎮圧用シールドを回収し、再び帰ろうとした。その時であった。
高画質のドローンカメラは校内の明暗をくっきりと映し出すものだったが、アヤトの目は天井部分に釘刺していた。天井の隅で影と同化していたが、透明なプラスチックに包まれた無機質な目がドローンの目と交差していた。
「あれは……防犯カメラか?」
近づいてみてみると、やはり防犯カメラだった。メーカーは「ギルトガード」。主に民間治安維持団体や警察部隊が使用する、犯罪対策専用の監視カメラだ。相応の資格を持った組織のみ使用が許可されているカメラだが、民間紛争の過激化に伴って市の重要施設に配備された経緯がある。そんな高品質なカメラがここにあるということは、だ。
「警察専用のカメラ……つまり、どこかに監視カメラ映像を見るための個室があるはずだが、そんなもの自分の高校にさえそんな部屋はなかった。知らん学校のどこに警察専用の監視室があるって――――」
一瞬芽生えた希望、しかしカメラ映像の監視室なんて校内のどこにあるんだと再び気が沈み、ふとアヤトは今自分がいる場所に目を向ける。
今、アヤトのいる場所は教員用の駐車場。そしてアヤトの座っている小屋は出来てまだ数年しか経っていない、警察の駐在所である。
「――――いや、まさか」
すぐさまドローンに自動運航モードを適用し、アヤトは急いで駐在所の屋根から車の屋根、そして駐在所の前まで降り立った。
駐在所の扉は鍵がかかっておらずもぬけの殻。それは最初から分かっていたことだが、アヤトは更にその奥の部屋、「管理室」のドアノブを捻る。
灰色のドアは音もなく滑らかに開き、飛び込んできた光景にアヤトは思わず息を飲んだ。
「まさか、ここだったのか……」
管理室の先、そこにはまだ電力の途切れていないモニターと、映し出される校内の様子があった。




