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02『飛んで火に入る夏の虫』

 ヤマト地区の人間が化け物になって3日目の夜が来た。

 化け物の気配にカラスも雀もいなくなり、日夜問わず人ならざる者の唸り声が聞こえる街には人となりのにぎやかさはなくなっていた。

 全自動通信基地局の予備バッテリーの稼働は長く続いた場合は5日ほどだが、太陽光パネルによる電力供給のため曇天続きのヤマト地区では望み薄く、すぐにネットからも孤立させられることになる。かといって他の生きている仲間を探そうにも、化け物が徘徊しているため外玄関に行くことも難しい。食料が尽きた時が、生存者の最後となるだろう。


 そんな絶望入り混じる混沌の闇夜にて、化け物の注意を引くものがあった。


 人通りの少ない神社の前、その門の瓦に張り付けられた無線通信規格。そこから発せられる陽気な歌声だった。


 音量がMAXになっており、明るい可愛らしい歌声でもここまで五月蠅いと最早騒音であり、周辺から集まってきた化け物の喝采を浴びながら神社前にて告知なしライブが開催されている。

 音に化け物が釣られ、その付近にいる化け物が化け物に釣られ、さらにその付近の化け物が…と集まっていき、総勢300人というそれなりの観客が沸いていた。


 誰しもが五感から伝わる獲物の気配を、その実体を掴もうと、瓦の方に腕を伸ばしている。アイドルとファンの距離が近すぎる弊害が起きているが、そのライブは突然として終わりを迎える。


 ぴたりと音声が止み、余韻も化け物の声にかき消され、突然にもなくなった実体に困惑する化け物たち。重く閉められた門の先に声の主がいるのかと扉を叩く者、壁に腕や顔をこすりつける者が現れるが、依然として神社からはうんともすんとも返事がない。

 

 返事をしたのは、またもやけたたましい音楽を鳴らす無線通信規格。―――それを装備したドローンだった。


 さきほどの可愛らしい声とは違って、こちらは使い古された電子音のメロディ。一瞬化け物たちの動きが止まるがなんてことはない。今度はそのドローンの方へと歩いて行く。それに合わせてドローンも一定の高度を保ったまま、じっくりと進みだす。若干早歩きのようなスピード感だが、化け物たちは道中その数を増やしながら粘り強くドローンを追う。

 神社、住宅街、商店街、住宅街、公園、保育園と道なりに進みながら、ドローンはそのけたたましい電子音を鳴らしながら山の方面へと飛んでいく。その後に続いて行く化け物たちの集合はさながら笛吹ハーメルンのようだった。


 やがてドローンは山中を寄り道する。霊園だった。


 化け物もその後を続いて霊園へと入って行く。しっかり整備されている霊園なため、途中で脱線した化け物はあまりいない。

 そのままドローンは零円を通り抜け、解放された鉄柵の中を飛んでいく。化け物たちもそのドローン、もとい鳴らされる音源にたどり着くべく、半ば無理やり押し合いながら有刺鉄線の張り巡らされた2重にも3重にも重ねて設置された鉄柵、その解放されたところへと足を踏み入れて―――。


 途端、先頭で歩いていた化け物たちの姿が消えた。


 文字通り、後続からはふっと消えたようにしか見えない。しかしぞくぞくと化け物たちは押し合って入り、ストンと消えていく。


 いったい何が起きたのか化け物が考える前自身も消える。


 しかし依然として先に入り、騒音を捲き散らかしているドローンはその姿が若干見えなくとも鉄柵で囲まれた箱庭の中に浮かんでいる。

 ではなぜ化け物は消えて言ったのか。


 そんな疑問に答えるように、神社周辺の民家、その屋根に居座る人物が灰色の髪を小刻みに揺らしながらつぶやいた。


 「やはり環境は利用すべきだ。しかし化け物の特性と数、そして調整池の大きさがこんなにもマッチするとはな…」


 その高校生とも思える男性、アヤトはタブレットの画面越しに見える、化け物たちが調整池に堕ちていく様子を見ながら笑みを浮かべた。


 調整池とは、山間部や山の麓にある人工的に作られた貯水池のようなものだ。深さは様々だが、豪雨に見舞われた山の地盤から付近の河口に水を運ぶ際、洪水を防ぐために流す水の量を調整するための役割を果たす。

 ヤマト地区にある調整池は深さ30メートル、奥行き35メートルという大きさである。しかし山の開拓が進み、別の排水手段の確立や調整池の老朽化に伴う閉鎖により、場所だけがある状態となっている。今では子供の遊び場にならないように厳重な設備を建てており、解放されていた扉にも本来は「進入禁止」の張り紙が貼られ、南京錠が3つもかけられてあった。


 「ペンチで簡単に切断出来て嬉しい限りだ。これがデカいやつだったらどこからかカッター機を持ってこなければならなかった」


 300人以上の化け物を調整池に落としたのを確認した後、ドローンは再び神社方面へと戻っていく。念には念を入れて、集め損ねた化け物をもう1度釣ろうというのだ。

 

 「池には頑丈に箱詰めにした携帯音楽を流している。壁にも油を垂らしているからな。鉤爪じゃないと登ってこれないし、登らないようにもしている…」


 厳重にゾンビが逃げられないようにする罠だが、それでも不安材料は残る。

 アヤトは可能性を潰すためにも第二、第三のゾンビの大軍を引き連れ、次々と調整池に落としていった。


 暗闇の奥底から響く唸り声についに大音量の音楽も押しつぶされ、ゾンビの身体と落下するゾンビの身体の衝突する音が乱雑に雑木林の先にある霊園を盛り上げさせる。


 アヤトはそんな跳梁跋扈するゾンビたち、―――目には見えないが、すぐ下にいるということだけは理解できるそれを見下ろす。

 

 手には、ガソリンスタンドから拝借してきたオイルタンクがあった。そしてゾンビの落ちていった柵の入口には家の倉庫に眠っていた本格的流しそうめん機があった。竹製と違い、こちらは疑似ミスリルメタルで作られており、竹より軽量かつ腐らない。分解しやすく、同時に組み立てやすい。疎水性ならびに大体の液体を弾くので掃除も楽という便利な金属だ。


 「なるたけ真ん中でやった方が良いんだけど、広いしなぁ。まぁ上手く燃え広がってくれ」


 そう言って、アヤトは流しそうめん機のレールに繋がれたケーブル。その先に繋がれた機械のスイッチを押す。すると、疑似ミスリルメタルのレールが怪しく光り始める。これは疑似ミスリルの特性の1つであり、疎水性が高い代わりに雑菌が付着しやすく、不純物が付着すると中々取れないというデメリットがある。この光はまさにそういったデメリットを打ち消すものである。

 つまりは殺菌。それも超高熱による熱殺菌だ。

 レールの中を怪しく光り流れるのは可燃性エーテルの光だ。ゆらゆら動くエーテルは基本的に地球上のどこにでもにあり、燃えるものではないが、可燃性エーテルは植物性油脂から抽出したものであり、液体と気体の中間に位置する。


 「よし、そろそろ…」


 アヤトは持っていたオイルタンクの口をレールの方へと傾ける。口からとろりと無色透明の液体が垂れて素麺のセーブエリアに溜まっていく。やがて、可燃性エーテルが燃えるミスリルメタルのレールへと侵入して―――。


 まさしく、刹那としてガソリンが燃え、燃焼する液体が疎水性の効果もあり、目を剥く勢いで流れ出る。

 それが最後のレールを渡り、赤く、オレンジに変わったガソリンが濁流の如くあふれ、レールの先から調整池の底へと落ちていく。可燃性エーテルは低価格な上、簡単に入手できる都合の良い可燃性液体だ。それが今まさに溶岩のように、ガソリンを赤く変貌させて調整池の奥深くへと浸透していく。

 ガソリンタンクが空になったころ―――、


 「どうだ?」


 暗闇の調整池の奥から薄いが光が見え始めた。急いで近づき、スマホの拡大機能を使って池の奥を見る。

 光は最初は小さく、しかしその勢いとまばゆさは秒ごとに増していき、次第に周囲のゾンビを焼きながら煌々と燃え盛る。

 それを見て、アヤトの口は笑みを浮かべた。


 「やはり火は効くか。有機物なら可燃性エーテルの混じったガソリンなら発火点で600度を超える。これで燃やされてほしいが…」


 言い含むアヤトの脳内ではゾンビが耐火性を得るという可能性があった。火炎放射には弱いというのはゾンビの特性ではよくあるもの。だが、ゾンビにしては異形の割合が多すぎる。見た目だけでなく、その性質も違うのではないか、と。

 しかし、アヤトはある程度荷物をまとめながら調整池から離れようとする。耐火性のあるゾンビが出てきただけならまだ大丈夫だが、この鼠返しのある調整池を登ってくるタイプがいるならそれは今のアヤトでは力不足を意味する。

 この作戦は一時的なものに過ぎない。外をある程度出歩けるようにするための措置に過ぎない。完全な排除をするには武器も物資も足りないからだ。


 帰る準備をしたアヤトは自身につながりそうな全ての物資を回収した後、調整池を軽く一瞥する。その瞳の奥には底が明るくなり、暗闇から払拭された灰色模様に浮き出た壁があった。


 「……ままならないな」


 一言呟き、アヤトはそのままそうめん流しを置いた調整池を後に家に帰りついた。


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