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01『日常が奪われた日』

 非日常と言うのは前触れもなくやってくる。

 とある夏の昼頃。時刻は3時を回り、いつもなら日曜日故の子どもたちの遊び声と家族団らんの時間となっていただろう平穏は、今や化け物の巣窟となっていた。

 外には人の断末魔を背景BGMに、身体の一部が異形となっている化け物が絶えず徘徊している。


 アヤトはそんな地獄同然の環境で、汗をかきながらベランダで一息ついていた。足元にはテント用の寝袋が転がっており、中がパンパンに膨れていた。

 

 「人って重いなぁ……。できれば庭に埋めるべきなんだろうけど、こんな環境で外に出るのは自殺行為だ」


 視線を落とした先にある寝袋。その中にはぎゅうぎゅう詰めにされた父親と母親だったものの亡骸が入っている。顔出し口はゴミ袋を上から被せてガムテープでぐるぐる巻きにしてある。防水シートで寝袋全身を覆ったそれは、頑丈に中身が外に漏れ出ないようにするための措置だ。


 「部屋に置けば腐る。異臭で化け物にバレるのは避けるべきだ。かといってこれをずっとここに置いておくわけにもいかない…」

 

 別れもなにもかもが唐突で、4カ月前の父親の言葉も母親の表情も、今となってはよく思い出せない。

 棺に入れて、火葬場で焼いてあげるべきだが、遺体を清潔にすることも着替えさせることも難しい。


 「はぁ……」


 あまりのショックの大きさに、1周回ってため息しか出ないアヤトは、道路で徘徊しながら次なる獲物を探す化け物共をじっと見つめる。

 顔が花のように咲いて、目玉の雄しべが出ている異形。硝子が全身に刺さっているにも関わらず何の痛みも感じさせない程ににこやかな表情で走り回る化け物。右腕部が肥大化した頭皮の寂しい爺さん。みながみな、多様性に準じた化け物に変貌していた。


 「一貫性はないのか…だが、人としての弱点はまだ失っていないと見るべきか…」


 ついさっきの、母親だったものとの戦闘を思い出す。

 あれを戦闘と呼ぶべきかは、当事者の心境としては悪戦苦闘と言わざるを得ないが、化け物の最後は窒息死だった。顔面が口だけとはいえ、人の弱点はそのままだったことは一考に値する情報だ。

 

 「もし弱点が生きている人間と同じなら、首を落とせば終わるはずだ。だけど肉切り包丁みたいなものはうちには無い。それに、あの化け物の発生原因も分からないんだ。包丁で襲っても首骨を断つ間に食われるな…」


 SNSでは世界規模の狂犬病に類似した集団感染という説が濃厚だ。変に接触を続け、体液ならびに化け物の吐いた息を吸って化け物になるのは願い下げだ。SNSでは科学者垢が化け物を狩って動かなくなった死体を解剖するなどして原因を調査しているが、それらしい病原菌も見当たらないとのことだ。

 今では首都東京台(ひがしけいだい)の大部分が機能マヒを起こしているらしく、あちらこちらでは軍や警察の出動を待っている人の助けであふれている。


 アヤトはひとまずベランダを閉める。SNSでは化け物の情報は錯綜しており、「炎が効く」と「炎は効かない」の激論や「人間だけが化け物になる」と「動物も含まれる」の激突がある。今回の化け物に関しては幸運が勝ったというべきだろう。化け物の弱点は依然としてはっきりしていない。

 自室から防犯グッズを取り出し、さらに軍手やゴーグルを着用する。小慣れした手つきで肩さげバッグにレンチや包丁、ライターなどを放り込み、ベルトでさらに補強し自身の動きを阻害しないようにする。


 「電子媒体じゃまともな情報は得られない。信頼できるのは、いつだって自分自身の脚だ」

 

 そう言い、アヤトは勝手口から外に出る。簡易的な装備とはいえ、外が明るい時間に出なければならなかった。

 その理由は主に化け物の活動時間についてだ。アヤト本人の偏見では化け物は夜になると行動が活発になるというものだ。映画や漫画のように、化け物も夜には寝るという考えにはならない。人を襲う性質があるのなら、生物が寝る時に行動するのが合理的だからだ。

 敵には弱点がない。その考えを元に弱点を探すのがアヤトの思考回路の根底にある。


 見つからないように、アヤトは一挙手一投足に注意を払いながら裏口からフェンスを乗り越えて裏の家に、そこから目の前の公園に駆け込み、さらにフェンスをよじのぼってゆっくりと降りる。

 

 長年伸び続け、自治体の雑草狩りですら手を付けられていない公園の裏、フェンスで仕切られた先は山の一部になっている。山の一部と言ってもいくつかの雑木林を抜けてやっと坂道が見えるくらいのものだが、アヤトはその坂道を行く。

 なるたけ足音が鳴らないようにゆったりと歩きながら、目的の地点へと一歩、また一歩と落ち葉と雑草を踏みしめていく。


 やがて平らな土地に出た。その周辺は整備されており、地面の色が見えるほどには雑草は刈り取られ、近くにはフェンスで囲まれた自治体の保有する遺産がある。

 「物見矢倉」。このヤマト地区を含めたヤクモ市は元は刀耕時代の城があった場所だった。東京台と西京台の天下分け目の戦いで城主も巻き込まれ、戦火と共に城が燃やされた歴史がある。本来なら再建すべき建物だが、後の支配者によって城のあった山もその下にあった城下町も住宅街にされたのだ。そして今、アヤトの視界に入るこの物見矢倉は城が敵襲を備えて造ったものであり、城の代わりに丁寧に保管されている。


 「保管と言っても毎年点検して掃除してるだけだから、防犯とかあまり気にしてないんだよね」


 実際に、フェンスで囲われていると言っても、矢倉にあがる梯子の前は開放されており、誰でも自由に高所からの景色を楽しむことが出来るようになっている。

 アヤトはそんな開放されているフェンスを閉じ、梯子をのぼる。


 三畳半ほどのスペースはひんやりと湿り気を感じつつも、古い木の香りを放っていた。


 「さて、化け物の情報収集を始めようか」


 バッグを下ろし、ジッパーを開ける。取り出されたのは双眼鏡だ。接触せず化け物の性質を理解するには観察が大事だが、家で遭遇した化け物は目が見えていた。大口の顔だが、中にうごめく口を持った芋虫のような存在がこちらの存在を感知していたのだ。

 家の2階から見下ろした際に見た化け物も身体の一部分が変質しており、特にアヤトの母親だったもののように頭部が変質しているものに至っては、顔面口だけでなく顔面目玉まみれであったり、近代アートのような変形を見せた存在も確認できている。どう考えても生物的な部位が欠落している状態で五感がまともに機能しているはずがない。そう考えるのは当然のことだ。


 双眼鏡をのぞき込み、矢倉から見て一番見えやすい場所、そこで徘徊している化け物にアヤトは注意を向けた。


 その化け物は矢倉のある山をコンクリート壁で囲んだ先、すぐ下の住宅街にとまっている車の中にいた。逃げようとしたのかはさておき、車の運転席でその化け物はぼうっとした目で車内を見ているようだった。舌がタコの触手のように長く伸びながら車内のいろいろな部位を触っている、なんとも気持ちの悪い光景だ。うねうねと、うねうねと。


 「……しばらくはタコ料理は食えなさそうだな。それよりか不思議だな。いや、どうなんだろうか…」


 いったん視線の先を変え、今度は両足が4分割になった化け物が逃げている犬を追うところを目撃した。すぐに建物の陰に隠れてしまったため一瞬しか見られなかったが、おそらく歩行、走行、補食、視認…五感に関する事と単純な行動は可能なのだろう。しかし、携帯や車のドアなど人工的な物体に関する知識はほぼないようだ。

 アヤトはそこまで考え、矢倉から顔を隠して床に地図を広げる。地図はこの物見矢倉などを含めたヤマト地区の観光案内地図だ。城が無いとはいえ、当時の暮らしの一部はこの街に残っている。


 「せめて自由に外に出られるように策を講じなければならない。この地全部は無理でもまずは家の周辺…」


 ヤマト地区の特徴は街の三方を取り囲むような山。学校はこの山の中で中くらいの大きさの山の上に建っており、デカい山の前方にそびえている。アヤトの家はデカい山の方面、その山に連なる小山の一部近くの住宅街にある。

 指で山付近をなぞりながら頭の中で様々な策を練りながら、アヤトはスマホの地図機能を使いながらより詳細な情報を調べる。化け物は全員が全員、母親だったもののように絞首で死ぬような生命とは限らない。可能なら土砂崩れや地割れで一気に押しつぶすのが得策だ。


 「奴らの知能はさほど高くない。だが、同時に触手やら増殖した足による身体能力は向上している。一見耳がない化け物でも音を感知している辺り、簡単な罠でも引っ掛かりそうだが、化け物が徘徊している現状、外に罠を張るのは至難の業だ…」


 ぶつぶつ呟きながら、胸ポケットにしまっていたペンで地図に印や線を足していく。


 「仮に土砂崩れを起こせた場合、俺の家も巻き込まれる。かといって川に水没させるのも手ではあるが、ここ連日は雨天の予報はない。となる逃走…車…いや俺は車はあまり扱えないんだったな…。どこかに都合よく100人単位で落とせる落とし穴があればいいんだが…」


 現実的ではないな、と切り捨て、アヤトはさらに考える。どうにか環境を利用して化け物を排除するか、もしくは化け物を釣るか…。

 考えていると日差しがだんだんと陰ってきた。橙色の日光が矢倉の隙間から入り、アヤトに夕方の時刻を伝えた。


 「もう夕方か…。一旦仮眠を取るとしよう」


 今のところ思いつく策はゼロ。自宅周辺の化け物を狩る方法はあれど、それを為すと他の化け物を引き寄せる可能性がある。かといって焼却となると燃え移る可能性があるため、これもできない。

 梯子のある方向に足を向け、壁に背を持たれてアヤトは目を瞑る。眠くない内に休息を取っておけば、いざという時に機転が利くものだ。


 脳裏で地図と場所の詳細、家にある手に入りやすいものを使った大規模な罠、そんなことを考えて3時間が経過した頃合いだろうか。


 外は静かになり、夏虫の騒ぎ声が聞こえ始めた。蚊の活動が活発になり、アヤトの耳元でも不快な吸血虫がぶんぶんと話しかけてくる。反射的に耳元を叩いた衝撃にやっと目を覚ました。


 「防虫スプレーかけるの忘れてた」


 ぱっちりと目を覚まし、バッグの中から簡易的なスプレーを取り出して身体に吹きかける。ひんやりとした爽快感と独特なアルコールのような刺激臭が漂い、空気を舞う害虫の気配は一段減った。


 「さて、と」


 もう一度双眼鏡を片手に森を抜けた先の街並みに目を向ける。街灯周辺で明るい光に手を伸ばしながら呻く連中は、十中八九化け物だろう。虫は光り物が好きだが、化け物も同じらしい。

 

 「人工物に惹かれてるのか、はたまた明るいものに惹かれているのか…」

 

 車の方に視線を移す。アヤトの見た、あのタコのような化け物がいた車の方へと目を向ける。

 車にはまだ化け物が乗っており、やはり触手で絶えることなく車内あちらこちらを触っている。


 「やはり化け物になると生前の人工物の知識は一切なくなっているのか…」


 あちらこちらを見回してみたが、夜中になると徘徊していた化け物は街灯の明るさに目を奪われ、我先にと届かない手を伸ばして電球を触ろうとしている。

 

 「……ひとまず、考えられるものを試してみるか」


 夜中になれば人通りは少なくなるものの、商店街にある居酒屋からは笑い声や怒鳴り声が聞こえてくるにぎやかな街だったが、今では街灯に群がる化け物の巣窟になってしまった。

 過去の情景に想いを馳せ、予兆なく日常が無くなってしまった現実に、アヤトはバッグから持ってきた防犯グッズを構える。一見ただのゴム鞠のように見える拳大のコレは、アラーム音付きの粘着手榴弾だ。ヒットすると冷やさないと取れない粘着質のスライムがこびりつき、内蔵されているアラーム音が爆音で鳴る仕組みになっている。ただし、あまり力が弱いと粘着スライムを覆っている外皮が破れなかったりするのでお年寄りから不評だったりする。

 これをパチンコに装填し、住宅街の屋根よりも少し高い位置めがけて打ち出した。


 弧を描きながら粘着弾は見事に家の屋根を飛び跳ね、街灯の向こう側へと落ち、暗闇に消えた。


 アヤトはしまったなぁと顔を曇らせる。ノーコンほどではないが、本来は街灯近くに落として反応を見るつもりだったが、綺麗に見えないところまで飛ばしてしまった。

 仕方ないと、もう一度粘着弾を取り出そうと視線を外した矢先だ。


 ―――――!!!


 街灯に群がっていた化け物たちが、1体、また1体と街灯から離れてふらふらと暗闇の奥へと消えていく。


 「――――、まさか」


 そっと耳を澄ませると、暗闇の方からピヨピヨ音が聞こえてこなくもない。しかしアヤトが耳を澄ませている最中も、音の方向に向かって化け物が動いているのは確かだった。


 「耳が良い…。いや、他の化け物に釣られて歩いている感じだな。………化け物には集団意識があるのか…?」


 アヤトの視線の先では、頭部がブドウのように増殖した化け物が歩く様を見て、筋肉の悪魔のような上半身だけバキバキの化け物がその後ろをついて行く。さらにその行動が目に入った化け物も街灯に手を伸ばすのをやめてその化け物たちの後ろをついて行っている。


 「音に1匹が釣られたら、それを見て他の化け物もついて行く。…ふむ、む!」


 顎に手を当てて化け物の行動を見ていると、ふと名案がアヤトの中で浮かび上がる。感嘆の声を上げ、床に広げた地図にライトを当てて、スクショしたスマホ画面を見比べながら、ルートを探索する。それが現実的なものと判断した瞬間、アヤトは悪い笑みを浮かべながら、音に釣られて移動する化け物を想像にて再現する。


 「ふははは、これならば…これならばやれる…! 可能性は十分だ。俺の街の平穏を奪った罪、贖ってもらう…!」

 

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