8 天与の才能
「おーっす! おう、真面目にやってるねぇ。2人だけ?」
得リンこと得田璃音がアトリエ棟に入ってきた。
「うわ! すっげ量。これ全部エスキース? 若いもんは違うねぇ。」
「何ジジくさいこと言ってんの? ボクと得リンは2コしか違わないじゃない。」
得田璃音は2浪で入ってきた男だが、高校卒業後1年間プラプラしていたというから、今21歳だ。
教授陣が何を言おうと、俺は俺のやり方でやる——みたいな芯があるのは2浪(プータロ時代を加えれば3浪?)という積み上げの成せるわざだろうか。
「映画観に行かない? ここで真面目にやってるだけじゃ、煮詰まっちゃうよ?」
得リン課題やってんだろうか?
しかし最初の課題もその次の時も、得リンはほんわか遊んでばかりいるように見えて、出してきた作品は皆があっと驚くようなものだった。
得田璃音も、ある種の天才だよな——。
いや、芸大に来てるヤツら、みんな天才じゃねーか?
そんな得リンにさえ、講評では教授陣は容赦なかった。
「まあ、この作品は評価するよ。でもねぇ、こんなことばかりやってたら、一瞬は世に出てもすぐ消費されちゃうよ?」
それでもこの男は平然としているのだ。
「まあ、次を見てろって。」
得リンが誘ってくれたのは、今話題の3DのSFモノだった。
「すごかったなぁ。あの戦闘シーン。こーゆーのはやっぱ大画面で観るべきだと思うだろ? できたら4Dで観てみたいな。」
「あんなの4Dで観たらゲロ吐くよ?」
と、環がすぐ返す。テンポがいい。
「たしかに!(笑) でも良かったろ? 絵を描くのに、絵のことだけ考えてるようじゃダメなんだぜ?」
「とか言って、1人で入るの恥ずかしかったんでしょ? お・じ・さん。」
「なにお?」
「ボクみたいな女の子が一緒だと、華があるもんね ♪」
映画館から出たところのカフェに陣取って、3人で今観てきた映画についてたわいもないおしゃべりを楽しむ時間。
たしかに、息抜きとしてこういうのも必要かもしれないな、と孝之も思う。思いながら、孝之は手を動かしている。
「ビビキ、おまえ何描いてんの? それ今観てきた映画のシーン?」
「こんなシーン、あったっけ?」
ちょっと隠そうとした孝之の手を除けて、環が覗き込む。
「あ、いや・・・。こんな展開もありだったかな、と思ってさ。」
「上手っ!」
いや・・・その言葉は・・・・。(*´Д`*)
「ビビキ、映画関連の仕事なんかもやれるんじゃない?」
「多才だよな、こいつ。」
思いもかけない評価を2人から口にされて、孝之はちょっと嬉しく、そしてかなり気恥ずかしくもなった。
「器用貧乏ってやつだよ・・・。」
「器用ってさ・・・」
と得リンが真面目な目を向ける。
「最強の武器なんだぜ。」
「ただし、諸刃の刃でな。本体にちゃんと振り回せるだけの力がないと、自分自身も怪我をする。ビビキに今必要なのは体幹鍛えることじゃないかな。・・・いや、わかりにくいか・・・?」
「ううん。ボクはすごくわかる。得リン、上手いこと言うね!」
孝之にも少しイメージがわかった気がした。
「うん。俺もわかった。萌百合さんにあって、俺にないもの・・・。」
「いや、おま・・・。あんな天才と比較するなよ。死にたくなるぞ?」
環がにやにやしている。
体幹。
それはどうやれば鍛えられるのかわからないが、少なくともその目標が見えれば努力はできる。なぜなら、それは誰にでもあるはずのもので、天与じゃないからだ。
努力でどうにかなるなら、いくらでもやってやる。
「ありがとう、得リン。誘ってくれて——。」
「ボクはさあ・・・。ビビキの作品、けっこう好きだよ。」
電車の方向が違って得リンと別れた後、環が孝之の少し前を歩きながら言った。
「ビビキって努力家じゃん。誰よりもたくさんエスキースだって描いてるじゃん。なんか、そういうのが作品に出てくるんだよね。」
「ゆっくりだけど、坂道を1歩1歩登ってるっていうか——。昨日より今日、今日より明日・・・って感じ?」
「今は、派手さも斬新さも見えないかもしれないけど、いつかその積み重ねは存在感になっていくような気がするなあ。評価は死んでからになるかもしれないけど。ゴッホみたいに——。」
いや・・・。できれば生きているうちに、それは欲しい・・・。
そんなことを密かに思った孝之に、環はそのさらっさらのストレートヘアをなびかせて振り返った。
「努力できる——ってのも、天与の才能だと思うよ。」
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少しだけ足掻いている人にも、この物語を贈ります。