7 天与の才能
孝之は悶々としている。
エスキースが進まない。
環はがんがんとエスキースを描き散らして、それをテーブルの上に並べて独りブツブツ言っている。
どのエスキースも光るものがあって、孝之だったらどれを選んで進めたらいいかわからなくなりそうだ。
センス。
これが環が天から与えられたものなんだな・・・。と孝之は思う。
一方の孝之は、いっこうに手が動かない。
もっとも、孝之の「手が動かない」は他の人の1.5倍くらい描いてる状態ではあるのだが・・・。ただ孝之自身、それが何かになるとはとても思えないのだ。
「響さあ、伝えたいことは何なの? 表現したいものは——? それは、そのテクニックで表現できるのかな?」
エスキースの中間チェックで、准教授の稲垣に言われたことだ。
「言葉で伝えられるなら、視覚的な作品にする必要はないんじゃない?」
「相変わらずキツいこと言うよね。気にすることないって。」
そう、環は言ってくれるが・・・・
わかっている。
自分でわかってるんだ。
テクニックを先に思いつくけど・・・、表現したいものが希薄なんだ・・・。
いずれ落ちてゆくタイプだねぇ——
俺は・・・
俺は、何を表現したいんだろう?
いや、何がしたいんだろう?
絵が描きたいのか?
アーティストになりたいのか?
萌百合さんみたいに、大勢が訪れる個展を開いて、忙しく応対して・・・。そんなふうに光の当たっている自分の姿に憧れているだけなのか?
本当は絵を描くことがそれほど好きではないんじゃないだろうか・・・?
孝之はスケッチブックを持って、大学の外へ出た。
アトリエで考えていても、煮詰まっていくばかりだ。
外を歩きながら、面白いと思った風景やモノをスケッチブックに描き写してゆく。
面白い、と思うものをひたすら描いてゆけば、そのうち「何が表現したいのか」が見えてくるかもしれない・・・。
そうしてゆくうちに、孝之は、少なくとも自分は描くことが楽しいし好きなんだな——ということだけは確信することができた。
「孝之、上手いなぁ!」
高校の友人たちからそう言われていたから、いい気になってたわけじゃない。描くことが好きなんだ。それは確かだ。
しかし、それだけでは、そのレベルでは、芸術家という世界はとても入ってゆけるものなんかじゃない。
道端の草を描いてみよう、と思ったのは萌百合さんの話を聞いたからかもしれなかった。真似をしたら何かが見えるだろうか——と。
細い草の葉に小さなショウリョウバッタがくっついていた。
こんな都会にもいるんだな・・・。
身を固くして、じっとしている。
見つかっていないつもりなんだろう。
そう思ったら、それがとても微笑ましくて・・・。孝之はそのバッタを中心に草の絵をスケッチブックに描き始めていた。
その絵はしかし、萌百合さんのように人を感動させるような奔放な色彩もなく、まるで図鑑の挿絵みたいな緻密な描写でしかなかった・・・。
テクニックだけあれば描ける絵・・・?
俺は・・・・
教授が言ったみたいに、間違って合格しただけかもしれない・・・。
孝之は、何かとんでもなく遠いところにみんながいるように思えてきた。