6 創作者たち
大学でも『萌百合静香展』は話題になった。
特に1年生の間では、孝之が同じ予備校だったということもあり、その当時のことを聞かれたりもした。
孝之はその都度、デッサンのエピソードを紹介するが、少し飽きてもきた。
先日ギャラリーで聞いた話で、孝之にはわかっているのだ。彼女のベースは予備校じゃない。
「普通に風景画だけど、色が普通じゃないんだよね。」
「そうそう。それでいてケレン味が強いとかいう感じじゃなくて、すっと入ってくるんだよ。」
「あれはさあ。掛け値なしに天才だと思うな。」
ブルータスのあだ名のあるラグビー部の古田が言う。
「色の使い方の法則性がないかと思って穴の開くほど見たんだけど、ねぇんだよな。」
「つまり?」
「テクニックじゃねぇってことさ。萌百合静香には、ああいうふうに見えてるってことだよ。」
「ピカソがさ。視覚の天才って言われたじゃない?」
と、これは環。
「静香もそんなようなもんだと思うな。」
「名前呼びかよ?」
「へへぇー。ビビキと一緒に行ったから、友達になっちゃった。」
自慢そうに言うあたり、なんだかただのファンクラブみたいだ。
環は帰る頃には「静香」「環」と呼び合う仲になっていた。
孝之だけがまだぎこちなく「萌百合さん」のままだ。
帰りの電車の中で、調子を取り戻した環に遊ばれた。
「もう少し距離縮めといた方がよくない? 想いが届いて上手くゴールインできたら、一生食べさせてもらえるかもよ?」
そ・・・それはさすがに、創作者としてのプライドが・・・・。
でも、こんな感じの環でさえ、見ているそのときはあたりも構わず涙を流していたのだ。
萌百合さんの作品には、それだけのエネルギーがあったということだ。
天才・・・・・か。
この話題は、エスキースの中間チェックの時にも出た。
「たしかに、大したものでしたが・・・。でも、やはり基礎ができてないですね。」
准教授の稲垣さんも見てきたと言って、それから眉間に皺を寄せてそんなふうに言った。
驚いたことに、それに環が小さく反論した。
「それって彼女に要りますか?」
「え?」
普段、たいていのことは柔らかく受け流し、冗談とも本気ともつかないような言葉でくらましている環のこんな直球に、稲垣准教授はちょっとたじろいだようだった。
「そ・・・それは・・・、芸術家としてのたどる道は、いろいろあっていいと思いますが・・・。」
それから少し形勢を取り戻すように、准教授としての解説をしてみせた。
「ここに来ている皆さんのような基礎はできていないと見えました。今は勢いで描けても、その先には不安があると思います。まあ、うちの学生ではないし、彼女の人生ではありますから、自分で責任を持てばいいことですが・・・。」
「ここにいる誰よりも、自分の人生には責任を持っていると思いますよ。」
環が低く言った。
そんな環の創作態度が変わってきている。
エスキースの密度と数が、格段に上がってきているのだ。
孝之も負けられない、と思う。
天才ではない俺は、せめて萌百合が足掻いた分くらいは足掻き倒さなきゃ、ついてさえいけない。
彼女が見ている地平さえ、見ることもできない。
ついて行きたい。
萌百合静香に——。