3 個展に行く
「ねえ、ビビキ。行ってみない? 行こうよ。萌百合静香展。ボク、1回目、見逃してるんだ。」
「え? 1回目もあったの?」
「うん。7月の頭に、1週間くらいだったらしいけど。得リンが最終日に偶然見て、とにかく『すげえ! すげえ!』って——。」
どうやらそのあと、8月にAMAACに出品した作品が入賞して、ちょっとした騒ぎになったらしい。
全く知らないでいた。
その頃、孝之は同期生との創作合宿に参加していて、ワイワイ楽しくやっていながらも自分自身の将来への不安と闘っていたのだ。
「ええええええっ!! 予備校、一緒だったの?」
環が、胸ぐらをつかまんばかりの勢いで孝之の顔面に迫った。
「あ・・・いや、うん。7ヶ月くらいかな・・・。途中で出てこなくなった。」
「ど、ど、ど・・・どんなデッサン描いてた?」
「いや・・・普通のデッサン・・・。あ、でも1回だけ、予備校の先生がやってみろって言ってパステルを使ったことがあるよ。すごいカラフルなデッサン。」
「もう、そん時から才能を見せてたんだな?」
「うん。ああいうの、天才って言うんだろうね。めちゃくちゃカラフルなのに、それでいて石膏像なんだ。白い石膏像・・・。」
孝之はちょっとため息がつきたくなった。
天が与えしもの。
それは孝之がどう望んでも手に入らぬもの・・・。
行きたい気はする。
見てみたいと思う。
萌百合さんにも会ってみたい気がする。
でも・・・・
行くのが怖い気もする・・・。
その作品を見てしまったら・・・。
自分に絶望してしまうかもしれない・・・。
あの、予備校で隣で描いていた萌百合さんは、もう手の届かないところに行っちゃってるんじゃないか・・・。
彼女はもう、俺のことなんか覚えてないかも・・・。
「え? 行かないの? 昔の予備校仲間の晴れ姿、見に行ってやんないの?」
環はそんな孝之の表情を敏感に読み取ったらしい。
「はは〜ん。またビビってんな? もしかして、嫉妬してる?」
図星———!! Σ(°Д°);
「そ・・・そんなんじゃ! まあ、た・・・たしかに少しビビってるかも・・・。」
「大丈夫だよ。ビビキだって芸大現役合格なんだし、肩書きじゃ見劣りしてないって。今だったらまだ、予備校仲間として話せるよ?」
まだ、という言葉が密かに孝之の胸を抉った。
「そ、そうだな。いい刺激になるだろうしな・・・。」
「うん! カンナたちも誘ってみよう。」
刺激——で済めばいいが・・・・。
結局、誘った数人は予定が合わず、それぞれで行くことになり、孝之は環と2人で行くことになった。
「ボクたち、カップルに見えるかな?」
「やめてくれ。」
そのギャラリー喫茶は、大繁盛していた。
作品の前で腕組みして何かを話しているお爺さんたちは、美術関係の人たちだろうか。
マスコミが取材に来ているらしく、テレビカメラも入っていた。
それらの人々に忙しく応対しているのは、あの萌百合静香だ。
あの頃とずいぶん雰囲気が変わっている。
予備校にいた頃は、どこか陰を引きずっているような子だったのに・・・。今は、弾けるような明るいオーラに包まれていた。
「話しかけるどころじゃなさそうだね・・・。」
環が孝之の袖をつまむようにして引っ張る。
しかし、そのことより孝之の目を釘付けにしたのは、壁にかけられた数々の風景画だった。
なんて色彩だ——!