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序章
家の前に生えている松の木。その位置がいつもと違う。吉原渉は首をかしげる。
渉の家の前には、大きくも小さくもない松が一本、生えている。松は吉原家のものではない。吉原家の隣に住んでいる錆原銀蔵という老人が育てている。銀蔵はついたころから少なくとも一週間に一回、松の手入れをしてきた。そのおかげか、それほど大きな松でもないのに、厳かな存在感を放っている。
学校に行こうと家を出たとき、渉はその松の位置が変わったと思ったのであった。この家に引っ越してからの七年間、毎日毎日見ている松。間違うはずがない。玄関から見て三十センチほど右にずれているように感じられる。
渉は松の周りの地面を確かめる。どこかが掘り返されたり埋められたりしたような痕跡はない。ただ松がそっくりそのまま、少し動いただけのようだ。
渉は不思議に思いながらも、前日の睡眠不足とこのままでは学校に遅刻してしまうという事実を思い出し、自転車に乗った。