第2話
レアルは学校指定のもの以外にも、いくつもの錬金術の魔術書を持っていて、毎日魔術書を読んでいる。
普通の生徒は学校指定の魔術書を読み終えるのにも一苦労だ。
なので優秀な生徒しか他の魔術書にまで手を出せない。
オレはどっち側なのかって?
そんなの自慢じゃないが、オレにも手が出ないのさ。
本当に自慢にならないよな。
そんな中でレアルは、錬金術科でも随一の読書家として知られていて、錬金術以外の魔術書も読んでいる。
むしろそっちのほうが多いかもしれない。
集中力は相当のものらしく、読んでいる最中は石像のように静止したまま動かない。
美しい横顔から『読書の女神像』の異名があり、後輩からの人気が高い。
しかし、逆に先輩からの人気は低い。先輩よりも出来る後輩だから、先輩からは無視されてるのかもしれないし、美少女だから無視されてるのかもしれない。
しかし、レアルは目の前に先輩がいても、後輩がいても、どちらの場合でも人間の相手をせずに魔術書を黙々と読んでいる。
紙と文字しか目に入ってないのかもしれない。
錬金術を長いことやっていると、じょじょに身体に負担が蓄積してくる。
錬金術師たちはそれを錬害と呼んでいる。
まっとうな方法で錬金術を学ぶものは、定期的に錬害を身体から抜く作業をしている(錬害の程度が軽度のうちならば、抜きやすいし、重度になると、予想通りにというか、抜きにくくなってしまう)。
よくあるのは、ヌープと呼ばれる魔術溶液で満たされた容器の中に、身体を漬けておくのだ。
そのまましばらくすると、ヌープが魔術反応を起こして、錬害を吸い取ってくれる。
*
今日はレアルが錬害を抜く日だ。
魔術学科の建物の一室には、いくつものヌープ容器が並んでいる。
いま部屋の中には、レアル一人だけしかおらず、レアルは服を脱いでいった。
次々と肌が露わになっていき、服が床に落ちる音だけが静かに響いた。
レアルはヌープ容器の五つのボタンを順番に押して、スイッチを入れると、キレイな身体をヌープの中にゆっくりと入れていった。
ヌープ容器は作動を開始した証に、重く低い作動音を断続的に発し続けている。
ヌープは半透明で、少し水に近い。
レアルが全身をすっかりヌープの中に入れると、遠くからではレアルが裸であるかどうか、よく分からなくなる。
レアルの形の良い胸が見えるような、見えないような。
レアルの臀部が引き締まってる様子が分かるような、逆に水の屈折で引き締まってないと感じるような。
なんとも微妙な感じだ。
錬害を抜く作業が順調に進んでいた。
そのときに、警告ランプが一つ点滅した。
「ん、また例のやつかな?」とレアルは、誰に言うわけでもなく、一人で疑問文を言った。
ヌープ容器には、いくつだか分からない、数えきれないほどの警告ランプが搭載されている。
その中の一つや二つの警告ランプが作業中につくのは、よくあることだった。
だからレアルも最初はいつもと同じで、大したことないと思っていた。
しかし、気が付くと数十もの警告ランプが点灯した。
建物に警報が、『ブー! ブー!』と大音量で鳴り響き始める。
*
隣の部屋にいたオレは、そんな不気味な音を聞いた。
この警報音には、控えめに言っても、物凄く悪い予感がする。
ヌープ部屋の中に入って少女の裸を見たら、『痴漢!』と叫ばれるとか、変態呼ばわりされるとか、そんなことを何も考えずにすぐにレアルがいる部屋に入り、ヌープ容器の前まで駆けつけた。
レアルがヌープ容器の中で、逆さを向いて、つまり頭が下向きの体勢になっている。
素人が見ても、これは危険な状態だと分かる。
早くしないとやばいだろ。
というかいまからでも、まだ間に合うのか?
ヌープ容器の上部にあるボタンをオレが三つ同時に押すと、容器はヌープを強制的に排出し始めた。
『イジェクター作動中! 排出予定時間は五秒です! イジェクター作動中!』
「よし!」
あっという間に、ヌープがなくなると、空になった容器に中にぐったりと倒れたレアルが残された。
裸の身体中に、ゲル状になったヌープの塊がくっついている。
オレはレアルの身体を容器の中から、無造作にというか、力任せにというか、とにかくできうる限りにおいて、最も急いで引きずり出す。
そして、レアルの口からヌープの塊を引っぺがした。
しかし、レアルが呼吸を開始しない。
オレはレアルの胸の中心に手を当てる。
オレの手に向かって、レアルの心臓が鼓動を打ち返さない。
「くそ! 何でだよ! 何てバカな状況なんだ! 動けよ、レアル!」とオレは思わず叫ぶ。
しかし、レアルはピクリとも動かないし、一言も話さない。
オレは肘を伸ばして、真上から構えると、心臓に向けて強く圧迫を開始した。
一分間で百回ほどの速度で、何度も心臓に圧力をかける。
「戻ってこい! レアル! お前も女子だったら、『裸を見た』って、オレを怒れよ!」
だが、まだレアルは一ミリも動かない。
オレは三〇回ほど心臓を打つと、二回ほどレアルの口から空気を吹き込む。
そのときに同時に口の中からヌープの塊を吸い出した。
「ふざけんな! レアル! 死んだら殺すぞ!」
しかし、レアルは全く反応せず、オレの声はがらんとした室内に吸い込まれて消えていった。
心臓マッサージと人工呼吸を、何セットか繰り返したときだった。
レアルが突然せき込み始めた。
レアルは上半身を起こすと、彼女の気道からヌープの塊が、何度も吐き出された。
レアルはゼーゼー、と荒い呼吸をし始めた。
それから何分かすると、レアルの呼吸が静かに治まってきた。
「助かった……」
オレもようやく一息ついた。
レアルの身体も大変だったかもしれないが、オレの心臓もかなり驚愕させられた。
いまになって、ようやく正常な鼓動を、打つことができるようになった気がする。