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マスコット  作者: 美鈴
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第2話 「カミングアウト」

あれから神木くんはいつも通り職場に来ている。

顔の傷は薄くなってきたけれど、どこか元気がないような。

「自転車で転ぶって神木くんらしいよねー」

なっちゃんはそう言って笑っていた。

職場の人はみんな”おっちょこちょいな神木くん”で済んでいる。

私の考えすぎかもしれない。そう思っていた。


そんな時、神木くんと二人で仕事をすることがあった。

「怪我、大丈夫?」

「はい、だいぶ治ってきました。ありがとうございます。」

あまり気にしないように二人で仕事をしていると神木くんが口を開く。

「最近、大丈夫ですか?なんか元気ないような感じがしてて」

それは君だろう!と言いたくなったけれど、私もお局ストレスで疲れていた。

「あー…。ストレスかな?疲労がたまってるだけだろうし、大丈夫だよ!」

そういって気を使わせないように答える。

「辛かったら精神科とか行ってくださいね。」

意外な返答が来て驚いてしまう。

未だ精神科に理解がない人も居る時代。”気持ちの問題だ”という言葉で否定してくる人ばかりで弱音を吐く場所がなくなっている私には救いの言葉になっていた。

「精神科勧めて来るって珍しいね」

「…実は僕、てんかんって言う障害があるんです。」

まさかのカミングアウトに驚いた。そして返す言葉が難しかった。

「会社には言ってないので内緒でお願いします。障害があるっていうと仕事受かりにくくて」

「え、そうなの?」

「はい、結構落とされますよ。」

確かに、面接に行くと健康面の質問が必ずあったことを思い出す。

「それに僕、中卒なので余計落とされてます」

そういって微笑む神木くんを見て笑えなかった。そしてわかってしまった。

「もしかして、その怪我って…」

「あぁ…。これ本当は自転車で病院に行く途中てんかんの発作が起きちゃって倒れちゃったんです」

「え!?」

「あ、もう大丈夫ですよ。薬飲んでるんで。あの時は薬飲み忘れちゃって」

慣れているのか笑いながら話す神木くん。

「倒れた時は周りの人だれか来てくれた?」

「はい。僕が急に倒れて驚いたみたいでおばちゃんが声かけてくれました。救急車呼ぼうかって言われたんですけど軽い発作だったので断って帰りました」

「いや、呼んでいいんよ!」

思わず方言が出てしまう。

「まぁ…親とかに連絡行くとめんどくさいので」

神木くんの表情が変わり私は察してしまった。彼には家族の問題があることを。

ひとまず深堀りしないようにした。

「なるほどね~。よし!自転車危ないから歩いて行こっか!」

急な提案をする私を見て神木くんは笑っていた。

「皆見さんってほんと面白いですよね」

自覚がない私もつられて笑っていた。


家に帰って私は”てんかん”について調べていた。

脳が一時的に過剰に興奮することで意識消失やけいれんなどの発作を繰り返し引き起こす病気らしく、一生付き合っていかないといけないことを知った。

ずっと薬を飲み続けなければいけない大変さや、いつ起こるかわからない発作と戦いながら生きていくことを考えただけでも胸が苦しくなっていた。

そんな中、いつも笑顔で人にやさしい神木くんは天使にしか見えなかった。


仕事中、神木くんとなっちゃんが談笑していた。

そういえば、最近二人はよく会話しているような…。

もしかして…!神木くんはなっちゃんに好意があるのでは?

そう思っていると、なっちゃんが近づいてくる。

「何してんの?」

仕事するフリをする私。

「神木くんが”皆見さんって可愛らしい方ですね”だって~!」

「ふっ。チャラ男め」

思わず心の声が漏れる。

「え?チャラ男?神木くんが?」

「可愛らしいとか言えちゃうのはチャラ男だな。きっとチャラ男に違いないね!」

「どんな解釈よ」

呆れて笑うなっちゃん。


「お疲れ様です」

なっちゃんと帰宅時、神木くんと同じタイミングで出くわす。

気づけば3人一緒に駅まで向かう日が増えていた。

途中からこれは偶然じゃないかもしれないと思い、気を効かせてなっちゃんの隣に神木くんが来るように気を効かせていた。

左から、私、なっちゃん、神木くんの順で並ぶように毎回キープするミッションをこなしていた。

会話をする時もなるべく二人が盛り上がるようにと、なぜか勝手に気を遣っている。


体調不良でなっちゃんが休みの日。神木くんと二人で帰ることになった。

会話中にまた「可愛いですよね」と言ってきた。

「絶対チャラ男でしょ?」

「なんで断言してるんですか」

「付き合ってもない子にそういうことを言えるのはチャラ男だよ」

「チャラ男はいろんな子と関わる人ですよ。僕は一途なので違います。」

「浮気したことも?」

「一度もないです。…されたことはありますけど」

まさかの2個目のカミングアウト。

「彼女に浮気されたの?」

「正確には婚約者に浮気されましたね」

「それは…大変だったね。どうやってわかったの?」

「彼女が自分から話してきました。全く気付かなかったです」

神木くんは淡々と話していた。

「婚約してたので両家に挨拶も終わってたし許そうと思ったんですけど…やっぱり無理でした」

「そっかぁ…まぁでも結果オーライだと思うよ。無理しても良いことないし」

「皆見さんは?」

「浮気はしたことないし、されたこともないけど、もしされたら即捨てだね!」

「サッパリしてますね」

「すっごく好きでも泣きながら別れるかなー。自分が幸せになれないと思うから」

浮気は一生ものの傷を負わせるものだと知っている。

一度の浮気でも信用がなくなり、相手を疑う人生になってしまう。それに苦しんできた友達を見たことがある。もちろん別れたくない気持ちもわかるからこそ、神木くんの心の傷が少しわかるような気がした。

そして私もカミングアウトをしてみた。

「私さ、実はバツイチなんよ。」

神木くんは驚いていた。なぜなら職場ではなっちゃん以外は知らないはずだからだ。

誰も聞いてこなかったのもあるけれど、プライベートなことを話す機会がなかっただけだった。

「子供はいないけど離婚するまで2年悩んだから、なかなか別れられない気持ちわかるよ」

「そうだったんですね…」

「相手の親と仲良かったし、我慢すればいい、結婚とはそういうものだとかいろいろ悩んだけど、やっぱり自分を大事にしようと思って。結果、今、幸せだしね」

「なかなか自分を大事にするって難しいからすごいと思います」

「神木くんも大事にできてるじゃん。それに全てが嫌な記憶じゃないでしょ?笑ってた時もあったから婚約したんだろうし、経験として思い出にするのが良いと思うよ。…バツイチからの助言でした!」

そういうと神木くんは微笑んでいた。

「あ、そういえば細川さんから聞いてますか?焼肉の話」

「焼肉?聞いてないよ?」

「話の流れで焼肉を奢ることになりました」

なっちゃんのことだから冗談で言ったことが実現したのだと悟る。

「奢ってもらえるならぜひ行きます!」

とは言ったものの私も行っていいのだろうかと思いながら…でも焼肉が食べたいから行くことにする。

それにもう一つ、なっちゃんには彼氏がいるから二人はどうなるんだろうと勝手な心配もしていた。

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