除夜の鐘に頭突きして死んだ男、異世界でスキル"煩悩殺し"を手に入れた!
大晦日らしい物語を書きました。
あと数時間しかありませんが良いお年を。
今日は大みそか。
極寒なのに人でにぎわうお寺さん。
そして俺、石頭剛も寺を賑わせる一人となっていた。
「剛! そろそろ俺らの番が来るぜ」
「そうだな。これで煩悩を一つぐらい消したいもんだなぁ」
「お前は一つ消したくらいじゃ足りないぐらいに煩悩まみれだろ」
「テメーに言われたくねーよ!」
一緒に来ていた同じ高校の悪友に負けじと返す。
近所の寺では除夜の鐘を一般開放していて、一人一回たたくことが出来る。
だから年末にやることのない地元の人たちで集まっていた。
その中にはカップルで来ている連中もチラホラ……俺らはいないのかって?
見りゃ分かるだろ!
俺のよき仲間である悪友が一人寂しく自分の身体を抱きしめながら言った。
「それにしても寒いなぁ……地面なんてところどころ凍ってるじゃねーか」
「明日は雪が降るって予報らしいぜ。並んでいるうちに降ってきたりして」
「うげっそれは勘弁! 神様ー、俺らが鐘を叩いたあとに降らせてくれーうざいリア充たちを困らせてくれー」
「寺にいるのは仏さまだろ。つーか、お前の願いは煩悩を超えて極悪すぎるだろ。それでよく俺に煩悩まみれとか言えたな」
「うるせー! リア充はどんな困難も乗り越えられる属性持ちだからこんぐらい頼んでもいいだろ!」
「リア充は勇者かよ」
くだらない話をしているうちに列が進み、次は俺らの番だ。
「剛、そこ凍結注意だってよ」
「見りゃ分か……うわぁあああああ!」
「剛ぃい!」
悪友の忠告もむなしく、俺は見事に凍結した地面で滑って、その場で転べばよかったのに無駄にあがいて前身し、気づけば目の前に除夜の鐘。
――ゴォォオオオオオオン!!
今日いちばんの鐘の音がした。
「召喚に成功しました!!!」
わぁああ、と聞こえたのは鐘の音ではなく人間の歓声。
いつの間にか年を越したのだろうか。
身体を起き上がらせ、見渡すとそこは寺じゃなかった。
むしろ真逆の洋風の建物だった。
「ついに勇者を召喚できたぞ! これで我が国は世界征服が出来る! ムハハハハハ!」
漫画に出てきそうな王冠を被り、赤いマントを羽織った王様コスプレのデブのおっさんが大笑いしている。
その周りに集まるのは魔法使いっぽい黒いローブを頭からかぶる怪しい集団。
黒魔術のミサでも始めそうだ。
「あのー、ここってどこすか?」
変な夢を見ているのか、そういや俺はさっき思いっきり頭を鐘にぶつけたから記憶が混濁しているのかもしれない。
状況を把握したくて周りの人に尋ねてみると、すぐに黒ローブの一人が近寄って来た。
「勇者様、あなたはこの国を救うお方です。どうぞ、そのお力を我々のためにお使いください」
「勇者様ぁ? おいおい、誰だよ俺をなりきりコスプレ会場に連れて来たのは」
それともRPG系の演劇集団だろうか。
そういえば一緒にいた悪友はどこへ行った? まさかアイツが仕掛けたドッキリか?
未だに混乱する俺に、王様コスプレをしたデブで偉そうな小汚いおっさんが言った。
「おい貴様! 何を訳の分からぬことを言っている! さっさと勇者の力をワシのために使うのだ! 手始めに気に食わないヨロシ王国を潰せ!」
「とんでもねえ過激派のおっさんだな。今どきこんな分かりやすい悪役見ねーぞ」
どうやら三流脚本の演劇らしい。
演劇は脚本の出来で半分が決まるから、この舞台は確実に失敗だ。南無。
「おい魔法使い! 本当にこやつは世界を救う勇者なのだろうなっ? なんだか間抜けな顔をしていてとても強そうには見えぬぞ!」
「王様、召喚魔法は成功しております! こやつこそ世界を救う勇者です! 勇者は異世界で死んだ特別な力を持つ者……この者は死んだばかりで事態を受け入れられていないのでしょう」
死んだ? 何を言ってんだ、コイツは。
ふと床を見れば魔法陣らしきものが描かれている。
脚本は三流の癖に大道具は手間をかけているらしい。
「ふう、召喚の儀を見ていたら熱くなってきた! おい! 誰か涼しくしろ!」
冬にクーラーを付けろって正気か?
なんて思っていたら、黒いローブを被った一人が腰ぐらいの長さの木の棒を掲げて何か唱え始めた。
すると、キラキラと雪の結晶のようなものが現れて王様らしきおっさんに降り注いだ。
「はあ?! なんだそりゃ!」
「む? ふふん、勇者よ。もしや我が王国の魔法に驚いておるのか? ふん、特別な力を持つ者とは言っても所詮は異世界の田舎者よ。ワシらの文化水準の高さに恐れおののけ」
「アンタはなんもしてねーだろうが。なに威張ってんだお前」
さっきから偉そうな演技があまりにも上手いため、つい王様役のおっさんにマジレスしてしまった。
「なっ?! この無礼者! ワシを誰と心得る! このトンデモナーイ王国の王ぞ!」
「とんで……? んん? ごめん、ちょっと早口すぎてよく聞こえなかった。でもアンタすごいな。嫌な王様役が上手いから、俺さっきからすげーイライラするもん! 演技上手だな」
「王様役? 演技? 貴様、何を言っている! おい、この無礼者を分からせろ!」
「え? 分からせる? な、なにする気だよ?」
身の危機を感じてさっきの悪友みたいに自分の身体を自分で抱きしめた。
そんな俺をみんな無視して黒ローブの一人がまた木の棒を掲げて呟き始めた。
途端にビリビリっと雷が見え、俺を貫いた。
「うえっ! びっくりしたぁ! なんだよ今、ビリビリってしたぞ! その木の棒、ビリビリペンのすごいバージョンか?」
「なんと……! 常人であれば三日は動けなくなるはずの雷魔法を食らってなんともないとは……やはり勇者、バカっぽく見えてもその能力は恐るべし……!」
「コラー! 誰がバカっぽいだー! というかそんな危険な魔法を人に使うんじゃねー……え? 魔法? マジで?」
ようやく理解できてきた。
やけに偉そうな王様コスプレのおっさんに黒ローブの魔法使いらしき人たち、さらに中世ヨーロッパ風、さらに言うとナーロッパ風の建物、そして何もないところから現れる雪の結晶や雷……魔法。
「もしや俺、異世界転移しちゃった感じ? それに俺、死んだの?」
「さっきからそう言っているだろう、このバカ者が! お前はワシらが召喚した。さあ、その無駄に高い身体能力を我が王国のために使うのだ! グフフフフ、世界のすべてを手にするのはワシだ!」
めちゃくちゃ欲まみれの召喚に巻き込まれてるじゃねーか、俺。
勇者として異世界に召喚される小説や漫画、アニメは見たことあるけれど、こういうのって世界の危機を救うために呼ばれるもんなんじゃねーの?
というか、死因が除夜の鐘に頭突きしたことってどういうことだ。
そんな間抜けな死因じゃ死んでも死にきれねーよ。
だからこんなところに呼び出されているのか、アハハ。笑えねー。
「隣の王国を滅ぼしたら、可愛い女どもはワシの奴隷にして、金目のものも全部ワシのものにして……あと気に入らないイケメンは足蹴にして……グフフフフ、夢が膨らむわい」
悪友よ、煩悩まみれとはこういう奴のことを言うんだぜ。
まったく、除夜の鐘に頭突きしたと思ったらこんなところに召喚されるなんてやれやれだぜ。
「さあ勇者よ! 王のためにその力を使うのだ! 来い!」
「断る! 俺は流行りのスローライフってのをやるからしばらく暮らせる金と食料を寄越せ! 迷惑料としては安いけどそれで勘弁してやるよ! こんな国、いられるかっての!」
こうなりゃこんな危ない国はさっさと出て行ってゆっくりできる場所を探そう。
この世界がどんなところかは知らないが、ネットで読んだ異世界転移系の小説だとみんな楽しく暮らしている。
だから俺も楽しく暮らせるはずだ!
「この国を出て行くなんて認めるわけないだろう! こうなれば力づくでも……!」
魔法使いたちが俺を囲み、木の棒……いや、杖を構え出した。
おいおい、さっそくピンチじゃねーか。
「雷が利かないなら……メテオファイヤ!」
「うわっあちっ! 火は人に向けるもんじゃねーぞ」
「ひぃ! どんな人間も燃やし尽くす火魔法なのに……!」
「ならばアイスストーム!」
「つめた! これ、さっき王様に使ってた魔法か? 夏にはちょうどいいな」
「最上級の凍結呪文も効かないだと?!」
「どけ! 愚図な魔法使い共! この剣で切り刻んでやる!」
魔法使いたちを蹴散らしながら現れたのは鎧を着こんだ騎士たち。
手にはキラリと切っ先が光る剣。
「銃刀法はねーのかよ、この国には」
「死ね! 勇者!」
「ひぇええええ! ちょ、マジで殺す気か?! タンマタンマ!」
俺はドッジボールだと逃げる専門だ。
その時の経験を活かし、切り掛かる騎士たちからとにかく逃げまくった。
「お前ら! その勇者は殺さず捕らえろ! ワシのドキドキハーレム王国づくりにその化け物は必要だ!」
俺が命懸けで逃げている間、野次を送る王様。
コイツ、くだらねー煩悩で俺を殺しかけてるんじゃねーよ。
ムカついた俺は逃げながら王様に近づき、とうとう目の前に立った。
「ぎゃーー! 誰かワシを助けろ! 殺されるぅうう!」
「殺しはしねーよ。俺は平和主義者だ」
ぶん殴って説教の一つでもしてやろうと思ったが、拳が止まった。
俺の頭は鐘にぶつかっても割れなかった頑丈なものだ。
ってことは殴るより頭突きの方がダメージはデカいのでは?
思ったらすぐ実行。
「ふん!」
「ぐぇっ!」
「王様ぁあああ!!」
頭突きを食らった程度で後ろに倒れた貧弱王様に群がる家来たち。
俺も相応のダメージを食らったけれど、それより達成感の方があった。
「王様、無事ですか?! 化け物に殺されていませんか?!」
「む……ワシはなんということはしてしまったのじゃ」
「王様?!」
起き上がった王様の目がやけにキラキラしている。
さっきまで小汚い印象のデブなおっさんだったのに、今は透き通った瞳をしている純真なデブなおっさんだ。
「己の欲に駆られ、異世界の者を呼び寄せるなど……それに隣国を滅ぼすなぞ恐ろしい!」
「どうされたのですか王様?!」
「おのれ勇者め! いったい何をした?!」
「いや、頭突きを一発かましただけだが……俺、なんかやっちゃいました?」
「頭突き一発で欲まみれだったジジイがこんな綺麗な目になるはずねーだろ! どうなってんだ!」
おい、魔法使いたちも王様のことを欲まみれのジジイって思ってたのか?
「これまで計画していた世界征服作戦のすべてを停止する。これからは民のために身を粉にして働くぞ!」
よく分からないうちに王様のご立派な宣言をした。
家来たちもさぞ感動するかと思いきや。
「ふざけんな! アンタを先頭に国を滅ぼしていい思いしようとしてたのに台無しだ!」
「俺が次の王になろうと思っていたのに!」
「俺のハーレム計画はどうなる! いますぐ戦え!」
「私の財宝はどうなるのよ!」
魔法使いも騎士も、そのほか大臣や王女やいろんな連中が文句を言いに集まっていた。
どいつもこいつも煩悩まみれ、終わった王国だ。
「全部この化け物勇者のせいだ! 殺してやる!」
騎士がまたしても剣を振りかぶり、俺は咄嗟にそいつに頭突きをかました。
「ぐはっ! …………ハッ?! 俺はなんて恐ろしいことをしてしまったんだ!」
すると、頭突きを食らった騎士の目も王様みたいに透き通ったものに。
もしやと思って試しにそばにいた魔法使いにも頭突きをしてみた。
「ぐふぁ! …………この魔法は世のため人のために使うべきものです。決して人を傷つけるために使ってはなりません」
思った通りだ。
どうやら俺に頭突きをされた奴は煩悩が消えるらしい。
こうなりゃ人助けだと思ってこの腐った王国を正してやろう。
ってことで、手当たり次第に頭突きをして回った。
「無理やりハーレムなんていけませんね。僕の魅力でみんなが集まるように鍛えないと!」
「美しき財宝は美しき心を持つ者が所有するべきですわね」
「隣国と仲良くしていくことが世界のためになるはずだ!」
面白いぐらいにみんな目がキラキラしていく。
怪しい宗教の開祖になった気分だ。
「みんな、目を覚ませ! ソイツに頭突きされたらおかしくなるぞ!」
「目を覚ますべきは君だ。さあ、彼に頭突きをしてもらうんだ」
「世界の見え方が変わるわよ」
逃げる魔法使いの一人を騎士やメイドが引きずり出し、俺の前に差し出した。
うん、開祖になった気分と言うか、これはもう洗脳の一種だな。
頭突きをすることは止めないけど。
「うぐっ……ああ、どうして俺は逃げていたんだろう、この素晴らしい世界と向き合うことから!」
「目を覚ましたんだね、おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
新たに目をキラキラさせる魔法使いを祝う騎士やメイドたち。
どうしよう、この状況を作ったのは俺だけどすごく怖い。
とうとう、王宮内にいるすべての人間の目がキラキラになっていた。
キラキラおめめ筆頭の王様が歩み寄り、頭を下げた。
「勇者様。我々の目を覚ましてくれ、ありがとうございます。この世界の平和のため、どんなこともいたします」
「あ、えーと、うん。国民のためにみんな頑張ってね。俺はそこら辺を旅することにしたからよろしく」
「勿論でございます! では、旅立ちに必要な資金と食料を用意いたしましょう」
「あんまり多くなくていいよ」
「ええ。民が治めてくれた血税、たとえ勇者様相手であろうと無駄に渡すわけにはいきませぬ」
「あ、よかった。そこはちゃんとしてて」
思っていたよりは大丈夫そうだ。
こうして、王様たちから旅に必要なものを受け取り、俺は王宮を出た。
途中、役人の圧政に苦しむ村、意地汚い商人による買い占めに困る町などがあったのでその都度頭突きをして回った。
頭突きを繰り返すうちに分かったが、煩悩にまみれた奴ほど俺の頭突きも効くらしい。
人を困らせるほどの欲にまみれた奴はキラキラおめめにチェンジしたので一安心。
そのうち王が国の再建をするはずだ。
そうやって旅をしていくうちに国を出て、王たちが滅ぼそうとしていた隣国に来ていた。
そこはこれまでいた王国よりもさらに貧しく、今日食べるものにも困っているほどだった。
「こりゃあ、いかん」
俺はすぐさま元の王国にUターンし、食糧支援をお願いした。
「なんと、隣の国の者たちが飢えているですと?! もちろん、ご用意します!」
隣国に接していた領地を経営していた貴族はキラキラした目で倉庫に貯めまくっていた食料を分けてくれた。
「トンデモナーイ王国からの食糧?! 何かの罠だ! 絶対に食べるな!」
「でもお母ちゃん、もうお腹がペコペコだよ……」
「あのパン、美味しそう……」
初めは警戒していた隣国の者たちも子供の声には勝てず、ついに支援を受け入れた。
話を聞きつけた元の国の王もすぐさま支援を始めてくれ、貧窮していた隣国はだんだん回復していった。
どうやらトンデモナーイ王国の隣にあるヨロシ王国は亜人と言われる獣の耳や尻尾を持つ人々が寄り合って出来た国らしく、これまで何度もトンデモナーイ王国に責められ弱体化していたらしい。
だから食糧支援もトンデモナーイ王国の罪滅ぼしってところだな。
「ああ……まさかあのろくでもない国が我々を助けてくれたなんて……いったいどんな奇跡が起きたのでしょう……! はっ?! もしやあなた様が、噂の勇者様ですか?!」
日課の炊き出しをしていた俺に話しかけたのは三毛柄の猫耳美女。
今まで出会った中で一番の美しさでドキッとした。
いかんいかん、俺も自分で頭突きをしなきゃいけないところだった。
「私はヨロシ王国の王女のターニャです。我が国を救っていただき本当にありがとうございます」
「いえいえ、俺は大したことはしていませんよ」
「そんなことありません! あらゆる国に喧嘩を売り、災厄を招いてきていたトンデモナーイ王国の野望を止め、しかも改心させたのですから! 貴方様は我がヨロシ王国だけでなく、世界を救ったと言っても過言ではありません!」
「世界を救った……」
そういえば、王様たちも「世界を救う勇者」を召喚したって言っていたよな。
つまり結果的には王様たちの望み通りになったってことか。
煩悩まみれだった時に願っていた望みとはちょっと違う結果になったかもしれねーけど。
「勇者様は旅をしていると聞きました。この先も旅を続けるのですか?」
「そうですねぇ……この世界にはまだまだ国があるって聞くし、煩悩まみれの奴らに頭突きして回るのもいいかもしれないな」
「でしたらどうか私もその旅に加えてください!」
「ええ?! だってあなた、王女様でしょう?!」
「いいのです! すでに父から許可は取っています!」
「いつの間に?!」
猫耳美女の王女様の後ろから現れたのは、立派なライオンのたてがみを持つおじ様。
「我が娘のターニャを頼むぞ、勇者殿よ」
「娘?! ってことは貴方はヨロシ王国の王様?!」
「いかにも」
ライオンから三毛猫美女が生まれるってこの世界の遺伝はどうなっているんだよ。
それはともかく。
「王女様が旅に出るなんて危険ですよ!」
「あら勇者様……いえ、ツヨシさま。どうぞ私のことはターニャとお呼びください。にゃふふ」
そう言ってターニャが抱き着くからモフモフの猫耳が俺の顔をくすぐった。
ああ、至福。俺は大の猫好きなんだ。
「勇者の君がいるなら安心だ。それにターニャはこう見えてそれなりに強い。足手まといにはならないさ」
「で、ですが……」
「君のような立派な男であれば……娘も託せるよ、息子よ」
「ちょっと王様ぁああ?!」
こうして俺はターニャと王様に言いくるめられ、次なる国へと旅立ったのだった。
俺の……いや、俺たちの旅はまだまだ続く!!!
向水先生の次回作にご期待ください!