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個人的お気に入り

男前ねえさんがいた

X I さま主催『男前ねえさん企画』参加作品です。

 私が高校の時、同じクラスに男前ねえさんがいました。


 彼女はある理由により、入学した時から私たちよりふたつ年上でした。少なくとも私はそのことを2年になるまで知らなかったけれど。

 背が高く、体格もがっしりしていて、いつも大抵フレンドリーににこにこしてたけど、機嫌が悪くなると手のつけられない人でした。


 彼女がいなければ私の高校時代は何もないどころか悲惨なものになっていただろうと思います。





 私は高校受験に失敗し、すべり止めで受けていたその高校に入学しました。

 後からでも受験し直せるシステムがあったらしく、同じく失敗した子から誘われ、父からもそうするように言われましたが、受け直さなかった。めんどくさかったし、どーせ自分の学力では無理だと諦めていました。


 中学まで、私はエリートコースを進んでいました。

 そんな私にとって、その高校はそれまでの人生で出会ったこともないような人たちで溢れていました。

 私の通っていた中学からその高校に進学した人は過去に一人もいませんでした。

 反感を恐れない言い方をすれば、貴族が平民の学校に入学したようなものだったのです。

 しかもそれまでの人生では縁がなかったようなある人種も、そこにはたくさんいました。

 不良がとても多かったのです。


 正直私は不良というものに対して、憧れがありました。

 中学の頃からヤンキー漫画を読んで影響されていたのです。一人で不良を気取ってタバコを吸ってみたり、部活動を「くだらねー」と言ってサボったり、そんな中学生でした。

 不良とは、人情に厚く、世の中の腐ったルールに反抗し、自由にカッコよく生きている人だと思っていたのです。

 中学時代の同級生は皆、ルールに従順な、綺麗な飼い犬みたいな人たちばかりで、おまえらオオカミになってみろよとか、心の中でバカにしていました。

 本物の不良の中にデビューできることを、無邪気にも私は楽しみにしていたのです。


 でも、本物の不良は、漫画の中とはまったく違うものでした。


 エリートコースを脱落した私は、異質なものとして見られ、不良の人たちから、いじめの対象となりました。

 毎日いじめられた。言葉でバカにされ、バッグを蹴られ、音楽室に呼び出されて複数から暴行を受けた。


「なんであの中学校からこの高校来てんだよ? おまえ池沼ちしょうか?」

「そのオドオドした喋り方やめんところすぞ」

「先生から特別扱いされやがっていい気になってんじゃねーぞ」



 不良とは単に弱いものに暴力をふるって自分の強さを確認して悦に入る人のことだと知りました。


 暴行が終わり、泣きながら玄関へ歩いて行くと、いじめっ子の一人にバッタリ。

 その子は優しく微笑んで、こう言いました。

「あんたがこの学校に馴染めるように、ちゃんとした人間になれるように、みんな教育してくれてるんだよ? 感謝しなよ」





 ある日、私がいつものように音楽室でお腹を蹴られていると、ガラリと扉が開きました。

 先生かと思ったのか、みんなが一斉に入口のほうを注目しました。


 背の高い、体格のがっしりした、肌の色の浅黒い、飯田遥香いいだはるかさん(仮名)でした。


 飯田さんは現場を見ると、いつものフレンドリーなにこにこ笑顔を消しました。



 私は友達が一人もいませんでしたが、飯田さんとはたまに会話をしていました。

 私が漫画を描くことと音楽が好きなことを知ってくれて、私に興味をもってくれていました。

 でも彼女は誰にでもフレンドリーなので、自分が特別に友達だと思われているとか、そんなうぬぼれは私はしていませんでした。


 飯田さんにとって、私は友達というよりただのクラスメイト。

 でも、フレンドリーに会話もしたことのある仲。

 飯田さんがいじめを止めてくれる。

 そう期待して助けを求める視線を向けた私のほうは見ずに、飯田さんはいじめっ子たちに言いました。



「何やってんの? バカじゃない、アンタら?」

 そして音楽室の扉を閉めて、入って来ることもなく、こう言い残して出て行きました。

「顔はやめとけよ?」



 当然でした。

 いじめっ子の中には飯田さんと同じ中学の子もいたのです。

 会話をしたことがある程度の私なんかのことより、同中オナチューの子の意思を尊重したのかな? と思いながらも、私はただひたすらに失望していました。

『なぜ助けてくれないの?』

 飯田さんを恨むまではしませんでしたが、信じていた人に裏切られた気持ちでいっぱいでした。


 私と同じくいじめられていた高橋という子がいて、いじめっ子たちは彼女に言いました。

「おい、高橋。しいなは遅刻ばっかりしてたるんでるよな? おまえ、腹に蹴り入れて気合い入れてやってくれよ」

 高橋の蒼白だった顔が、鬼のように真っ赤に変わりました。

「しいな! おまえ! 遅刻ばっかりして! ふざけるな! もっとしっかりしろ!」

 そんなことを叫ぶように言いながら、高橋は私のお腹に何度も蹴りを入れました。

 正直、いじめっ子のそれとは威力の違いすぎる、ちっとも痛くない蹴りでしたが、お腹より胸のほうに寂しい痛みを感じて、私はずるずるとうずくまりました。





 学校をサボるようになりました。

 家が大きな病院なので、4階にある物置にもボイラー室にも、隠れて一日過ごせる場所がいっぱいあったのです。

 そこに隠れて毎日自殺の詩を書きました。


 結局父に見つかり、学校に行くよう、厳しく言われました。

 私はいじめられていることを誰にも言いませんでした。なぜかは自分でもわかりませんが、プライドのようなものがあって、自分がいじめられっ子だと認めたくなかったのだと思います。


 そんなこんなで一学期を乗り切り、夏休みに入りました。





 夏休みが明け、学校に行くと、クラスの不良たちの様子が変わっていました。

 私へのいじめは止み、代わりにというように、他の子が二人、新たにいじめられはじめていました。

 私は見て見ぬふりをしました。

 かわいそう……。あの不良ども、ふざけんな!

 心ではそう思いながら、何も出来ませんでした。



 


 2年になると不良たちも大人になったのか、定期的ないじめはしなくなりました。

 バッグを蹴られたり、ひどいあだ名をつけられたりする子はましたが、直接的な暴力などはなくなりました。

 私は彼女らから明らかにバカにされてはいましたが、誰も私に話しかけてくることさえありませんでした。


 ある日私が机の上でピアノを弾く真似をしていると、後ろから声がしました。


「しいな、トランペット吹けるん?」


 振り向くと、飯田遥香さんでした。

 どうやら私の指の動きがトランペットを演奏する手のように見えたようです。


「あの……その……」


 いきなり話しかけられ、飯田さんの言葉の意味もわからず、私がしどろもどろになっていると、彼女は一人で喋り続けました。


「マイルス・デイヴィスとか、あたし好きだよ! あとウェザーリポートとか! ……あ、これはサックスだけどさ。でも、ジャコパス好きでさ、あたしベースやってるんだ」



 そこから私と飯田さんはようやくほんとうに友達になりはじめました。

 好きなアーティストは一致してなかったけど、二人ともいわばマニアックなものが好きな点は同じで、私の好きな音楽を彼女に教え、彼女の好きな音楽をたくさん教えてもらいました。

 彼女が私の家に遊びに来るようになりました。私は彼女がふたつ年上だったと初めて知り、彼女は私の家が大きな病院だったと初めて知り、お互いにびっくりしました。




 ある宗教に入信するのがクラスで流行っていました。

 飯田さんからある日の学校帰り、誘われました。


「みんなで○○教ってとこに入ってるんだけど、入信者を新たに連れて来いっていわれてる」

 私は二つ返事で答えました。

「入る!」


 当時の私には大金の二万円を払い、入信しました。

 初めての集会に出席した帰り道、飯田さんに言われました。


「あんた自分の意思なさすぎ! 誘われたらホイホイ入信するなんていいカモじゃん! 嫌だったら嫌だって、ちゃんと断りなよ!」


「え……。じゃあハルちゃんはなんで入信したの?」

 私は彼女を『ハルちゃん』と呼ぶようになっていました。


 その時ハルちゃんは答えを濁したけれど、後になって私は知りました。

 教団の入信者のお世話をする人に27歳のイケメンさんがいたのですが、ハルちゃんはどうやらその人に恋をしていたのです。


 私も同じ入信理由でした。

 ハルちゃんに密かな恋心を抱くようになっていたのです。


「とりあえず自分の意思をはっきり表に出せるようになりなよ」

 ハルちゃんは私に言いました。

「自分の足で歩いてんだからさ。自分の言いたいことを正直に言って、自分の嫌なことははっきり示しな。で、自分の出来ることを見せつけてやるんだよ」





 高校2年の文化祭で、私はハルちゃんに言いました。


「バンドやりたい!」


 はっきりとそう言った私に、ハルちゃんは嬉しそうに笑い、「メンバー集めは任せろ」と言いました。


 そんなハルちゃんに、私は追加の意思表示を口にしました。


「私、ギターボーカルやりたい!」


 てっきり私が後ろのほうで隠れるようにキーボードを弾くと思っていたらしいハルちゃんは、目をまん丸くしました。





 ハルちゃんがいてくれたら、私は自分を表に出せました。

 彼女はけっして美人じゃなかったけど、私の目の中ではイケメンねえさんでした。

 私と違って行動力があって、身長高めな私よりも背が高くて、いつも優しく包んでくれて、私が間違いそうになった時も好きにさせてくれて、後で叱ってくれました。

 告白してフラれましたが、それでもずっと友達でい続けてくれました。





 文化祭のステージは洋楽ロックのカバーをやりました。宣言通り私がギターボーカル、ハルちゃんはベースを担当しました。

 私はやる気マンマンだったのですが、結果は正直グダグダで、大成功とはいえませんでした。

 でもそれから一年の時に私をいじめていた不良たちが、私に話しかけてくれるようになりました。


「すげーな、しいな。あんなこと出来たんだな」

「作詞作曲もできるって? 今度聴かせてよ」

「大学行くんだよね? 頑張って」


 みんな一年の時にいじめたことを謝りはしませんでしたが、初めて私に対して笑顔を見せてくれるようになりました。






 この度、なろうでXIさんが『男前ねえさん企画』をやると聞いて、真っ先に浮かんだのはハルちゃんの顔でした。


 私にとって彼女は間違いなく男前でしたが、どこがどう男前だったのか、他人に伝えるのは難しいです。

 彼女の実物を見せればきっと誰もが「おお〜! 男前だ!」と口にすると思います。


 彼女に「どうして一年のあの時、私がいじめられている現場を見つけて、止めてくれなかったのか」とは聞きませんでした。


 彼女は私を好きにさせてくれ、間違ったら後から叱ってくれました。

 高校生活の後半が楽しくなったのは間違いなくハルちゃんのおかげでした。

 彼女にそう言ってもたぶん、こう言っただろうけど。



「あんたが自分の意思でやったからだろ。自分の出来ることを見せつけたのも、全部自分でやったんだよ」



 おおきな、おおきな人でした。



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― 新着の感想 ―
「あんたが自分の意思でやったからだろ。自分の出来ることを見せつけたのも、全部自分でやったんだよ」 メモリました。
2024/10/14 13:16 退会済み
管理
[良い点] 「男前ねえさん企画」から拝読させていただきました。 凄いお話でした。 重みがあります。 真の乗り越えるとはこういうことですよね。
[良い点]  自分で自分を救い出すことが出来るようになったそのきっかけを『男前』なハルちゃんがくれた……という解釈でいいんですかね……。  間違っていたら申し訳ないのですが。  周りに流されず、自分…
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