7
店を出ようとしたわたしとディルの前に、女性店員が両手を広げて立ち塞がった。
「邪魔だ。どけ」
「お嬢様の服は、どうかわたしに用意させてください!」
いつの間にお嬢様になったの。
「いらん」
ディルが冷たい眼差しを女性店員に向けるも、彼女はちっともめげない。
「そんなことをおっしゃらずに。一度、ご用意させていただけないでしょうか。それでもだめなら諦めます。どうか、チャンスをください!」
「そこまで言うなら、やらせてやる。だが、チャンスは1度きりだ。2度目はない」
「ありがとうござます!」
どうして、ここまでわたしの服にこだわるんだろう?ディルに気に入られたいのかな?
わたしは必死に服を集める女性店員を横目に、ちらりとディルを見た。白銀の髪は長く、横の髪は編み込まれている。緋色の目はガラス玉のように輝いていて美しく、男性なのに女性かと見紛うばかりの美しい顔。そして細身ながらも筋肉に覆われた体は逞しく、背は高い。芸術品のような男性だ。
ああ、なるほど。女性店員は、ディルに一目惚れをしたんだね。だから、気に入られようと必死なのか。
「できました!」
そう言って胸を張る女性店員は、マネキンに服を着せてわたしとディルの前に置いた。
マネキンが着ている服は、どこのお茶会に参加するのかと聞きたくなるような華やかなドレスだった。フリルがふんだんに使われている。とっても高そう。
「どうですか。お嬢様にはぴったりのドレスですよ!」
どうして、わたしがドレスを欲しがると思ったのか………。
「こんなもの、いらん」
「だよね~」
「そんなあ!」
女性店員は、悲痛な声をあげて膝からくずおれた。
「ごめんなさい。入る店を間違えたみたいです」
よく見れば、店内に並んでいるのは高級そうな商品ばかり。わたしが求める普段着は、この店にはないのかもしれない。
「ちっ。やっぱり、薄汚い田舎者なんて店に入れるんじゃなかった」
女性店員は俯きながら、小声で囁いた。
彼女は、わたしに聞かれたとは思っていないようだ。でも、森育ちのわたしは耳がいい。ばっちり聞こえてしまった。
びっくりして口をぽかんと開けていると、ディルが彼女のそばへツカツカと歩いて行った。
ディルが助けてくれると思ったのか、嬉しそうな顔をする女性店員。
けれど、ディルは女性店員の前に空間収納から取り出した大剣を突き立てた。女性店員の前髪が、はらりと床に落ちる。
「ひいっ」
「そこをどけ。目障りだ」
「ひいいっ」
女性店員は腰が抜けてしまったらしく、情けない声を出して必死に這って逃げようとしている。
彼女を睨みつけるディルの目は、氷のように冷たい。
「ディル、他に行こうよ」
「そうだな。ここには、もう用はない」
ディルの袖を引っ張って注意を引くと、ディルは冷たく言い放って大剣をしまった。
わたし達は、怯える女性店員を残して服屋をあとにした。
「まったく。ディルが女性相手にこんな無茶をするとは思わなかったよ」
「無茶とはどういうことだ」
「女性にとって、髪は命だってお母さまが言っていたよ。髪を切るなんてだめじゃないの」
「ふむ。意味がわからんな。髪を切っても死なないだろ」
「わたしもよくわからないけど、命と同じくらい大切って意味じゃないかな」
「だからリアも髪を伸ばしているのか?」
「わたしは違うよ。わたしは、自分で切れないから伸ばしているだけ」
「そうか。あの小屋には鏡がなかったからな」
そうなの。わたしが暮らしていた小屋は鏡がないので、わたしは自分の容姿をよく知らない。さすがに髪の色は知っているけどね。
でも、庶民なんてそんなものでしょう?
だって、鏡は高価だもの。
「次はあの店に行くか」
「ええっ。ちょっと待って!」
「なんだ。別の店がいいのか?」
「そういうことじゃなくて。この辺り高級そうなお店ばかりでしょ?また、さっきみたいなことになりそうで………。わたしは、もっと庶民向けのお店がいいの」
「そうか。では行くか」
「うん。ありがとう」
富裕層向けのお店が並ぶ通りから庶民向けの通りへ移動し、最初に目についたお店に入った。
「いらっしゃいませー」
17~18歳くらいの若い女の子が店番をしていた。
「なにをお探しですか?」
わたしの身なりを気にする様子もなく、ニコニコと話しかけてきてくれた。気分がいい。
「あの。わたしは冒険者なんです。着替えも含めて、旅に合う服はありませんか?」
「ありますよ。あなたスタイルいいから、なんでも合うと思う。用意するから待ってて」
「スタイル?スタイルってなに?」
「あはは。う~ん。そうね。体型がすらりとして女らしいってことかな。胸は張りがあって、腰はくびれてるし、手足は長い。全体のバランスがいいってことですよ」
これって、褒められてるのかな?いままでけなされることはあっても、家族以外から褒められることってそうなかったから新鮮な気分だ。
「そっか。スタイル、いいんだ………」
お店の中をウロウロして服を集めている女の子を見ながら、ぽつりと呟いた。
「それが嬉しいのか?」
「うん。嬉しい」
「そうか」




