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「エナ、もう大丈夫だよ。あなたに無理強いする人はいないからね」
「ピヨ?」
エナは首を傾げて、まるで「もういいの?」と言っているようだ。
「みんなを落ち着かせて」
「ピヨ!」
エナの声を聞いた他のマグナ達は、怒りを収めてくれた。こちらへ来ようと騒いでいたマグナ達も静かになった。
「ピヨ!」
「ピヨ!」
「ピヨ!」
まるで敬礼でもするかのように、マグナ達はエナに向かって翼を上げた。
そしてようやく騎乗している人の指示を聞くようになり、それぞれ列に戻って行った。やれやれである。
残されたのは、散々マグナに突かれてボロボロになった5人組。
彼らは、後から駆け付けて来た警備兵に連れて行かれた。事情を聞かれるのだと思う。
そして。わたし達も警備兵の詰所で話を聞かれることとなった。
「話は聞いた。あんたらは被害者で、やつらは往来のど真ん中でマグナ泥棒を仕掛けて、マグナにやり返されたってことはな」
黒い髪を短く刈り込み、警備兵の制服を着崩したこの男は、なんと警備隊の団長グレイだと名乗った。団長自ら出て来るなんて、大問題なのでは?
テーブルを挟んで、ソファに向かい合わせに座っているのは、グレイ団長とわたし、そしてディル。エナは詰所の入口で待っている。
「駆け付けた警備兵が、すぐに連中を取り押さえなったのはこちらの落ち度だ。そのせいで、騒ぎが大きくなった。すまなかった」
「えっ?」
怒られるんじゃないの?
「しかしだ。マグナに縄ひとつつけてねえ、お嬢さんも悪い。あれじゃ、盗んでくれと言ってるようなもんだ」
「あ、はい」
「だいたい、宿に泊るときはどうするつもりだったんだ?牧場やマグナ舎に預けるにしても、手綱もないんじゃ世話係が困るとは思わねえのか」
「マグナ舎?それはなんですか?」
牧場はわかる。でも、マグナ舎とはなんのことだろう?
「は?マグナ舎を知らねえのか?おまえ、どうやってマグナを飼ってたんだ」
「家で一緒に暮らしていました。普段は自由にさせていて、鞍もつけたことがなくて」
そもそも、鞍を手に入れることができなかったからなんだけど。
「かぁー!どんな田舎者だよ」
グレン団長は頭をガシガシとかくと、ため息をついた。
「よしわかった。とりあえず、手綱を譲ってやる。鞍は自分でなんとかしろ」
「ありがとうございます!」
よくわからないが、貰えるものは貰っておくに限る。
「で。領都へはなんの用で来た」
「それは、冒険者登録をするためです。ナーラ村のほうから来ました」
「あんたもか」
「そうだ」
グレン団長はディルの装備を見て、首を傾げた。とても冒険者には似つかわしくない、上等なものだからだろう。これだけの装備を揃えられるのは、家が裕福ということだ。だけど、ナーラ村方面でそれだけのものを用意できる財力を持った家は存在しないはず。だから、グレン団長は疑問に思ったのだろう。
それは、わたしも不思議に思っていた。ディルはいったいどこに住んでいるんだろう?とか、どうやってわたしに会いに来るのかな?とか、いつも白い装備を身に着けているけど汚れないな、とか。
「まあいい。入都を許可する。だがまあ、念のため名前を聞いておこうか」
「わたしはリア・アッカンハイムです」
「俺はディルだ」
「アッカンハイムだと?お嬢さん、マーク・アッカンハイムを知っているか?」
向かいのソファに座っていたグレン団長は、ずいと身を乗り出した。
「マーク・アッカンハイムはお父さんです」
「そうか!お嬢さんは、マーク・アッカンハイムの娘か。マークはどうしてる?元気にしてるか?」
「お父さんは、わたしが小さい頃に死にました」
「………そうか。すまなかった」
「いえ。グレン団長は、お父さんを知っているんですか?」
「あぁ。俺が冒険者をしていた頃に世話になった。世話になった恩を返したいと思っていたが、そうか………」
お父さんがお母さんに出会うまで、冒険者として活躍していたことは聞いている。お父さんは大した冒険者じゃなかった、と言っていたけど。こうして、お父さんを知っている人に出会えたことは嬉しい。
「リアは、冒険者になりたいんだったな。よし。俺が冒険者ギルドまで案内してやる。それと、宿屋だな………」
「えっ!グレン団長にそこまでしてもらう必要はありませんよ。地図を書いてもらえれば、自分達で行けます」
慌てて断ると、グレン団長は残念そうな顔をした。
「そうですよ。団長は仕事をしてください。代わりに、自分が案内します」
そう言ったのは、それまで黙って部屋の隅に立っていた警備兵だ。グレン団長ほどではないけど、茶色の髪を短く切っていて、優しそうな顔立ちをしている。
「自分は、アレン・マクレガーです。アレンと呼んでください」
人懐っこい笑顔を向けられて、自然と頬が緩む。
「わたしはリア・アッカンハイムです。リアと呼んでください」
「ディルだ」
お互いに自己紹介をして、警備兵の詰所を出ることになった。
詰所を出たところにエナが待っていて、わたしを見つけると首を摺り寄せて来た。まるで、「大丈夫だったの?心配したわよ」と言っているかのようだ。
そこへ綱を持った警備兵が現れて、エナに手綱をつけてくれた。最初は嫌がる素振りを見せたエナだけど、必要なものだと説明すると納得してくれた。賢いのだ。