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「それで。話ってなんだ?」
「うん。お母さんが死んで1年経ったし、わたしね、トリムの森を出ようと思うの」
「そうか」
「そうかって………驚かないの?」
「なんだ。驚いてほしかったのか」
「そうじゃないけど。わたしが森を出たら、もうディルには会えなくなっちゃうでしょ?」
「そんなことはないぞ」
「えっ?いままでみたいに、ディルが会いに来てくれるってこと?」
わたしが驚いて聞くと、ディルは首を横に振った。
「リアが森を離れれば、いままでのようにはいかぬ」
「じゃあ………」
「俺も一緒に行ってやる」
「ええっ!」
「なに。リアといられるのも、せいぜい100年かそこらだろう。それくらい、森を離れても問題あるまい」
「ありがとー!!」
まさか、ディルが一緒に来てくれるとは思わなかった。
それにしても。この口ぶり。やっぱりディルもトリムの森に住んでいるのかな?
「リア、どこか行くあてはあるのか?あてもなく彷徨うつもりか?」
「まず領都ヘレンスカへ行って、冒険者登録しようと思うの。身分証がないと不便だからね」
「ふむ。それでは金がいるな」
「そうだね」
装備を整えるのはもちろん、旅費もかかるし、大きな町に入るにはお金が必要なのだ。これは、お母さんに聞いて知っている。
ところが、わたしはお金を触ったことはもちろん、見たこともない。白金貨、金貨、銀貨、銅貨があることを知っているくらいだ。
「ディルはお金を持ってるの?」
「あぁ。古いものもあるが、使えんことはないだろう」
そう言ってディルはポケットに手を突っ込むと、ひと掴みあるそれをわたしの手に乗せた。数枚が手からこぼれ落ちた。
銅貨が多いけれど、銀貨も同じくらいある。金貨は1枚だけだ。
「これは?」
「使い道がなく、溜めていた物だ。使え」
「??」
使い道がないって、どういうことだろう。わたしみたいに自給自足の生活でもしていなければ、お金は使うと思うんだけど。
見れば、お金は銅貨でもいくつか種類があり、年代も違うようだ。不思議だ。
「どうした」
「色んな模様があるんだね」
「そうだな。国ごとに貨幣を作っているからだろう」
「そうなの?」
「そうだ。この地がルゼルト国と呼ばれているのは知っているな。さらに北がドュカーレ帝国、東にはエリクシス王国、その先にはオックス聖王国がある。国ごとに貨幣を作るので、模様が違うのだ。貨幣は国の力を示すひとつだと言われているぞ」
「なるほど」
わたしが頷くと、ディルは満足そうに笑った。
「それで、いつ出発するのだ。今日か?明日か?」
「う~ん。どうしよう」
わたしは、家を振り返った。
家の中にはエナがいて、毛づくろいをしている。
この家には、両親との思い出が詰まっている。今はお母さんの結界が生きているから、登録されているわたしとエナしか中に入れないようになっている。火も寄せ付けないから、防犯対策は万全なのだ。だけど、結界がいつ消えるかわからない。もし結界が消えてしまえば、ナーラ村の人がすべてを奪っていくだろうことは想像に難くない。
「この家が心配か」
「うん」
「ならば、持って行くか」
「えっ?」
ディルは立ち上がり、家の中にいたエナを呼んで外に出した。
そして家に向かって手をかざすと、家が石の土台ごと消えてしまった。
「俺は、空間収納が使える」
ディルは、呆然としているわたしに向かって微笑んだ。
じつは、わたしも空間収納が使える。でも、さすがに家のような大きなものは入れられない。というか、入れようと思ったことがない。
「さて。出発するか」
「ピヨー!」
出掛けると聞いて、エナが嬉しそうに鳴き声を上げた。
家も収納されてしまったし、こうなったら出発するしか選択肢はない。
わたしは両手いっぱいに持った貨幣を、空間収納にしまった。そして、さっき落した貨幣も拾っておく。
「さあ、おいで」
先にエナに跨ったディルが、わたしに向かって手を伸ばした。
わたしがその手に掴まると、ぐいっと引かれて、エナの背中に乗せられた。わたしはディルの前に乗せられたので、背中にディルの体温を感じる。
マグナに騎乗するとき、普通は鞍をつける。でも、わたしは持っていないので使ったことがない。
ディルも、エナに乗るときは鞍を使わない。筋肉質の脚でしっかりとエナの体を挟み、バランスを取るのだ。
「そういえば。ディルは領都ヘレンスカの場所はわかるの?」
「まぁ、そうだな。俺が案内してやろう」
「ナーラ村は避けてね」
「わかっている」
「ピヨ!」
わたし達の話を聞いていたエナは、ナーラ村の東へ向けてとっとっとと走り出した。
エナはナーラ村を大きく東に迂回しながら、ディルの操縦に従って領都ヘレンスカへ向かった。
前に、ナーラ村で領都ヘレンスカまで行くのにマグナに騎乗して2日かかると聞いたことがある。
それはきっと、荷物を沢山積んだ状態での話だったんだね。だって夜空に星が瞬く頃には、領都ヘレンスカが見えてきたもの。
朝一で領都ヘレンスカに入るため、領都の近くの森で野宿することにした。