表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/65

エピソード 1

 わたしの名前はリア・アッカンハイム。家族と一緒にトリムの森で暮らしているの。

 トリムの森は深くて、広い。そして野生動物や魔物、薬草なども豊富にあって、生きていくのに困らない森の恵みを与えてくれる。

 生活に必要なもの、たとえば服が欲しければ、近くの村へ行ってトリムの森で狩った獲物と物々交換してもらえばいいし。だからわたしは、お金というものの存在は知っていたけれど、見たことはなかった。

 お父さんはわたしが小さい頃に亡くなり、お母さんは去年、亡くなった。わたしは両親にとって遅くにできた子供で、ずいぶん可愛がってくれたことを覚えている。ふたりとも亡くなってしまって寂しいけれど、わたしは思い出とともに生きていくから大丈夫だよ。

 

 残っている家族は、マグナのエナ。

 マグナというのは、騎獣としても使われる鳥の魔物のこと。白いふわふわの羽毛に、大きな黒い翼と嘴、そして太い足をした愛らしい魔物なの。鳥だけど空を飛ぶことはできなくて、走ると早い。それにとても強くて、熊くらいなら蹴りで倒してしまうの。

「ピヨ?」

 そうそう。鳴き声もとても可愛らしい。

 

 エナは、ブラッシングしていたわたしの手が止まっていたので、どうしたのかと振り向いて鳴いた。

「ピヨピヨ?」

「あのね。わたしももう15歳だし、トリムの森を出てもいいんじゃないかと考えてるの」

「ピヨ!」

 エナが、わたしを注意するように鳴いた。わたしを心配するような鳴き方だ。

 わたしはエナの長い首に抱きつき、お日様の匂いのする羽毛に顔を埋めた。


 エナがわたしを心配するのもわかる。なにしろ、15年間トリムの森に籠って暮らしてきたせいで世間知らずなんだもの。小屋にある書物や両親のおかげで読み書き、計算はできるけれど、一般常識というものがまるで身についていない。

 だけど、両親も死んでしまって、わたしとエナだけで暮らしていくのは寂しい。話し相手がいないことはないけれど、滅多に会いに来てくれない。

 正直に言って、寂しいの。

 

 トリムの森は、近くの村では魔の森と呼ばれていて、人々は恐れて森の入口付近しか立ち入らない。資源は豊富にあるのに、もったいないよね。

 たしかに、野生動物は大きし、魔物は強い。森は深いし、命の危険だってある。だけど、森の恵は村を豊かにしてくれるはず。

 そういえば。お母さんが言っていたっけ。ナーラ村の人は、森の主である古代竜ガルガディアを恐れて立ち入らないんだって。

 

 でも、その古代竜が恐ろしい存在なら、わたし達家族が森で暮らすことだって許さないはず。狩りや採集するのだって、怒られていたはずなのだ。それが、特に怒りを買うこともなくのほほんと暮らせているのは、古代竜が、人間が森に立ち入ることを許してくれているからじゃないのかな?

 ナーラ村の人が森に入ったって、怒らないと思うんだけどな。


 ドンドン!


 そのとき、家の扉を乱暴に叩く音が聞こえた。

「くそっ。リア!いないのか!」

 この声は、ナーラ村の狩人バートンさんだ。

「はーい。なんの用ですか?」 

 ドアを開けると、髭を伸ばし放題のバートンさんが顔を覗かせた。

 バートンさんは家に入ろうとして、なにかに弾かれたように立ち止まった。

「ちっ。魔女の結界は、まだ生きてるのか」

 魔女というのは、お母さんのこと。

 散々、お母さんの世話になったくせに、バートンさんはお母さんのことを蔑んでいる。


 お母さんは、失せもの探しから傷薬の調合までしてナーラ村の役に立っていた。そして、死んだあとも家を守る結界が生きていることからわかるように、優秀な魔女だった。

 村に迷惑なんてかけたことないのに、ナーラ村の人々はお母さんを嫌っている。そして、娘のわたしのことも。

 わたしが必要なものを物々交換してもらいにナーラ村へ行くと、誰もがわたしの足元を見て、とても対等とは言い難い交換条件を突きつけて来る。

 わたしが、着古された服しか持っていないのもそのためだ。反物を手に入れて自分で服を仕立てたくても、誰も反物を譲ってくれないのだ。


 それにしても。わざわざバートンさんが訪ねて来るとは珍しい。

 この家は、ナーラ村から徒歩で1日の距離にある。往復2日もかけて、危険なトリムの森で寝泊りしながらやって来た理由はなんだろう?

「おい。貯め込んだ毛皮があるだろう。それを出せ。この塩と交換してやるよ」

 バートンさんは、手に持った小さな皮袋を持ち上げて見せた。

 そういうことか。


 バートンさんは時々、こうしてわずかばかりの品物と交換で、わたしから毛皮を取り上げて行く。持ち帰った毛皮を、ナーラ村にやって来る商人に売って儲けているのだ。

「はぁ~」

 思わずため息が漏れた。狩人としてのプライドはないのかと。


「なんだてめえ。この俺がわざわざ来てやったのに、その態度はなんだ!?」

「毛皮はありませんよ。お引き取りください」

「ふざけんな。てめえなら、冬の獲物が少ない時期でも関係なく仕留めるだろうがよ。前に村に来てから、2か月は経ってる。その間、獲物が一匹もねえはずがねえ。さっさと出せ!」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ