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アーウィナの心臓が落ち着いた頃、フェニックスが再び口を開いた。
「ユリサルート伯爵には早馬を出しておいたよ」
「フェニックス様‥‥申し訳ございません、ありがとうございます」
アーウィナは深く頭を下げた。
そんな様子を見たフェニックスは優しい笑みを浮かべている。
「いや‥うちの息子が無理させたようで、すまなかったね」
「‥‥ぁ」
「昨日、ヴァーノンには酒場で情報を集めるように言っていたんだが、まさか御令嬢とこのような関係になるとは‥」
「フェニックス様、元は私がヴァーノン様に‥っ」
「俺からアーウィナ嬢に声を掛けたんだ。全ての責任は俺にあります」
「!?」
アーウィナはヴァーノンの言葉に目を見開いた。
ヴァーノンは全て自分のせいにして、アーウィナを庇い立てるつもりなのだろう。
アーウィナは眉を寄せた。
「ヴァーノン、騎士たる者が軽率どころの話では‥」
「違うんです!ヴァーノン様は何も悪くありませんわ!!むしろ私のせいで‥っ」
「アーウィナ嬢、嘘はやめてくれ」
「嘘じゃありません!ヴァーノン様こそ、どうしてそんな嘘をつくのですか!?」
「嘘ではない‥!俺が酔っ払って‥「ヴァーノン様は私を最後まで介抱して下さいました。巻き込まれただけなのです」
「そんなことはない」
「言っていることが違うではありませんか!ヴァーノン様は優しすぎますわ!!」
「俺は、別に‥‥」
「私は絶対に譲りませんから」
「なっ‥!」
ヴァーノンとアーウィナの庇い合いは激しさを増していく。
フェニックスはその様子を腕を組みながら静かに聞いていた。
「父上ッ!」
「フェニックス様ッ!」
「「信じてください‥!」」
2人の声が綺麗に揃う。
ヴァーノンは髭を撫でながら、困ったように咳払いした。
「‥‥2人が互いを想い、気遣っていることは十分に伝わった」
「「!!」」
「しかしどんな事情があろうとも、うちの息子が婚前の御令嬢に手を出した事実は変わらない」
「‥‥!」
「アーウィナ嬢、婚約者は‥?」
「いませんが‥」
アーウィナは昨日、婚約破棄したばかりである。
「ならば、デスモント公爵家から正式に婚約を申し込む」
「!!」
「父上‥!?」
「ヴァーノン、お前の気持ちは分かっている。けれどこうなってしまった以上、腹を括りなさい」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥‥はい」
ヴァーノンの手が微かに震えているような気がした。
アーウィナは、こんなに優しいヴァーノンに婚約者が居ない事が不思議でならなかった。
アーウィナは今迄とは違った経緯で、デスモント公爵家の嫡男であるヴァーノン・デスモントの婚約者となった。
デスモント公爵家の馬車で、アーウィナがヴァーノンと共にユリサルート伯爵家に帰宅した際、ユリサルート伯爵邸は大騒ぎとなった。
本当は今すぐに籍を入れたかったが、つい先日、アーウィナが婚約破棄したばかりだったこともあり、婚約者という形を取ることとなった。
そして『アーウィナとヴァーノンはずっと想い合っていたが、なかなか結ばれずに、今回のアーウィナの婚約をキッカケにヴァーノンがアーウィナを奪い返した』という綺麗な話で纏められた。
内情を知らない両親はアーウィナの婚約に喜んだものの、前の婚約者が逃げた原因はヴァーノンのせいだったのかと納得していた。
いくらアーウィナがヴァーノンはそんな人ではないと否定をしても、信じられる事はなかった。
恐らくヴァーノンの悪い噂のせいだろう。
ヴァーノンは挨拶を済ませてから、アーウィナの額に軽くキスをして去って行った。
惚けていたアーウィナは、真っ赤になる頬を押さえていた。
その時、ローレライが2人をどんな目で見てたのかも知らずに‥‥。