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―――バタンッ!!!
「モーセ、今日はエイプリルフールじゃないぞ?うちの石のように堅い息子が婚約者でもない御令嬢に手を出すなど‥―――ッ!?!?」
「ほら、父上っ!!嘘じゃないでしょう!?」
「あらまぁ、ヴァーノンちゃん!!好きな人が居るなら言ってくればいいのに‥‥水臭いわ」
「父上、母上‥!」
ヴァーノンはギロリとモーセを睨みつけた。
アーウィナは愕然として開いた口が塞がらなかった。
この国で騎士団長を務めるフェニックス・デスモント。
その圧倒的な存在感と強さは言わずもがな‥。
人望もあり、長年騎士団を率いて数々の伝説を残している。
そんなフェニックスの妻であるゼラニウム・デスモント。
フェニックスが唯一敵わないと言われている人物である。
お花のようにニコニコしていて柔らかい雰囲気なのだが、怒ると一転‥フェニックスですら戦闘不能になるという屈指の暗器の使い手である。
今、アーウィナの状況はヴァーノンに抱えられていて、ヴァーノンのガウンを一枚羽織っているだけ。
(もう‥ダメかもしれない)
これが夢だったらいいのにと、そう思った。
「ッ、アーウィナ!?」
そしてアーウィナは、あまりの恥ずかしさと居た堪れなさに気絶したのだった。
*
「‥‥ん?」
アーウィナはゆっくりと目を開いた。
パチパチと瞬きを繰り返してから見慣れない天井に首を傾げたまま数秒‥‥今までの出来事を全て思い出して、アーウィナは息を止めた。
そしてアーウィナはゆっくりと両手で顔を覆い隠した。
「もう、お嫁に行けない‥」
「じゃあ、兄上のお嫁さんになればいいんじゃない??」
突然、隣から聞こえる声にアーウィナの動きがピタリと止まる。
恐る恐る手のひらを外して横を見ると‥。
「―――ッ!!!?」
「アーウィナ様、とっても綺麗だね~!もう半日も寝てたんだよ?僕、アーウィナ様が起きるの待ってたんだぁ!兄上やり過ぎだよね。体力馬鹿だから加減を知らないから無理させたんじゃない??」
「ひっ‥‥」
「ひ?」
「ひ、ゃああぁああ!!」
音もなく横に居たモーセの屈託のない笑顔と早口で喋る様子に、アーウィナの口からはヒョロヒョロの悲鳴が飛び出した。
心臓があり得ないくらいにバクバクと脈打っている。
「あらら、驚かせちゃった?」
「‥‥っ」
「気配消すのが癖なんだよねぇ」
咄嗟にガウンを押さえようとしたが、アーウィナの衣服は綺麗に整えられていた。
そしてアーウィナの悲鳴と共に足音が聞こえてくる。
「――モーセッ!!」
「あ、兄上」
「御令嬢の部屋に忍び込むなど!!」
――ボカッ
ヴァーノンの重たい一発が、モーセの頭に落ちる。
モーセが頭を押さえながら言い訳を繰り返していた時だった。
「だってさ、アーウィナ様に話聞きたくて‥‥げっ!!母上!?」
「モーセちゃん、ちょっとわたくしとお話ししましょうか?」
「あ、兄上ッ、たす、たすけて!!」
「アナタ、ヴァーノンちゃん‥‥後は頼んだわよ」
「「‥‥‥はい」」
音もなく現れたゼラニウムにモーセは引き摺られて行ってしまった。
アーウィナはポカンと口を開けて、その様子を見ていた。
ヴァーノンとフェニックスは静かに頷いた。
「モーセは天才すぎる故に、少し常識がなくてな‥」
フェニックスが頭を押さえながら口を開いた。
モーセはゼラニウムの血を色濃く受け継いだ天才なのだが、少々破天荒であり、自由すぎてしまうらしい。
「すまない‥大丈夫だったか?」
「はい、わたくしは大丈夫ですが‥‥モーセ様は、その」
「母上はかなり怒っていたから暫く掛かるだろう」
「なるほど‥」
ヴァーノンが気不味そうに説明してくれた。
アーウィナは噂でしかなかったデスモント家の裏事情を垣間見てしまったようだ。