表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/23



男はサッと視線を逸らして口を固く閉じてしまった。



「‥‥」


「‥‥」



いつまで待っていても聞き出せない名前。

沈黙に耐えかねて、アーウィナは口を開いた。



「私は、アーウィナ・ユリサルートと申します」


「ユリサルート伯爵家の御令嬢か」


「‥!!」



ユリサルート伯爵家を知っているという事は、やはり貴族で間違いないのだろう。



「‥‥」


「‥‥あの」



もしかしたら迷惑を掛けまくるアーウィナには、名前を教えたくないのかもしれない。

アーウィナが肩を落としていると‥。



「‥‥‥ヴァーノン・デスモントだ」


「ぁ‥」



アーウィナの反応を見たヴァーノンは、どこか諦めた表情を浮かべている。


アーウィナは、その名前を聞いてある噂を思い出す。


デスモント公爵家には悪魔のような騎士が居る。

真っ赤な血のような髪に透き通るような赤褐色の瞳‥‥次期騎士団長だと名高い男。


悪魔の騎士、ヴァーノン・デスモント。


ヴァーノンが歩くだけで、道が真っ赤に染まる。

城下には愛人が数えきれないほど居る。

ヴァーノンに打ちのめされた人間は、二度と剣を握れなくなる。

目が合うだけで人を失神させる‥‥ヴァーノンはとても恐ろしいのだと噂で聞いた事があった。


アーウィナは結婚相手を探すのに忙しくて、そんな噂は右から左だった。

ヴァーノンは滅多に社交界に顔を出さない為、アーウィナは関わりが一切なかった。


しかし噂で聞くヴァーノンと、アーウィナの前にいるヴァーノンは全く違う人に見えた。

アーウィナにとってヴァーノンは、酔い潰れた見知らぬ女を介抱してくれた優しい人だ。


それにヴァーノンは、ただ顔が怖くて口下手なだけなのではないだろうか?


(‥‥私が、名前を聞いて怖がると思ったのね)


アーウィナはヴァーノンの固く握られている手を、そっと両手で包み込んだ。



「昨晩は私のせいでご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」


「‥‥!!」


「ヴァーノン様‥‥謝罪には、また改めて伺います」



ヴァーノンは赤褐色の瞳を大きく見開いて此方を見ている。



「‥‥どうされましたか?」


「いや‥‥」


「‥‥」


「‥‥」


「あの‥ヴァーノン様?」



アーウィナが首を傾げるとヴァーノンは静かに口を開いた。



「‥‥酔っていたとはいえ、俺が貴女に手を出したんだ」


「ですが‥」


「謝罪しなければならないのは此方の方だ」


「ヴァーノン様‥」


「だから貴女が、そんなに‥‥気に病む必要は無い」


「‥‥ありがとう、ございます」



ふにゃりと微笑んだアーウィナに視線を逸らしたヴァーノン。

ほんのりと赤く染まる頬は、アーウィナからは見えなかった。



「ヴァーノン様には確か‥‥婚約者はいらっしゃらないですよね?」


「‥あぁ」



アーウィナはホッと胸を撫で下ろした。

ヴァーノンに婚約者が居たら、それこそ顔向けできないどころの話ではない。


カーテンからは日の光が漏れている。


家に帰らなければと、アーウィナが痛む腰を何とか起こして、ベッドから降りようとした時の事だった。


足に力が入らずに、ペタリと床に座り込む。


昨夜の情事の激しさが原因だろうか。

アーウィナは、ふるふると体を震わせた。


一気に現実に叩きつけられたアーウィナの目に再び涙が滲む。



「すまない‥」



うるうるとした瞳に見つめられたヴァーノンは咳払いをした後に「お願いだから泣かないでくれ」と小さな声で呟いた。


アーウィナはズズッと鼻を啜る。

ヴァーノンはアーウィナにハンカチを渡した。


そんなヴァーノンの優しさがまた身に染みるのである。



「大丈夫か‥?」


「‥‥はい」



ヴァーノンが軽々とアーウィナを抱え上げた。

あまりの恥ずかしさと情けなさにアーウィナがヴァーノンの胸元に顔を埋めた時だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ