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『家は何処だ‥?』
『いえ‥?いえには帰りたくありまへんッ!!』
『‥‥このままだと危険だぞ?』
『ぜっっったいに、かえりまふぇん』
『はぁ‥どうしたら家に帰るんだ』
『すてきな、ひとが‥』
『素敵な人‥?』
『おーじさまがぁむかえにきてくへるまれ、ぜったひにかへらないっ!!(王子様が迎えに来てくれるまで、絶対に帰らないっ!!)』
『‥‥はぁ』
アーウィナは全身を使って帰宅を拒否したのだそうだ。
仕方なく落ち着いたら家に帰そうとしたところ、ヘロヘロと倒れ込み動かなくなってしまった。
とりあえず馬まで運ぶかと、おんぶして背負ったのは良かったが、まさかの嘔吐。
ぐったりしているアーウィナを放置する訳にも行かず、取り敢えず邸へ運び、帰宅したのは皆が寝静まっている深夜。
侍女の部屋に入り起こす訳にもいかず、風呂に入れて体を綺麗にしてからベッドに寝かせたのだが‥‥‥‥。
と言う男の話を聞いている途中からアーウィナは気絶しそうになっていた。
顔が真っ青になって白目を剥いているアーウィナに、男は話の途中で口を閉じた。
アーウィナは、自分が犯した失態を受け入れられないでいた。
男は煙草に火をつけて一服している。
部屋は静寂に包まれていた。
アーウィナよりも年上であろう男は、どうやら口数は多くないらしい。
それに少し‥いや、かなり迫力があり強面である。
けれど、悪い人ではないのは確かだ。
見ず知らずの女を放置せずに、ここまでしてくれる人は、まず居ないだろう。
(あぁ‥申し訳なさすぎて髪の毛が全て抜け落ちそうだわ)
アーウィナが流れるような土下座をすると、男はその様子を見てピタリと動きを止めた。
そしてアーウィナは、そのまま一番大切な事を聞こうと口を開いた。
「あの‥‥大変恐縮なのですが、一つお伺いしても宜しいでしょうか‥?」
「あ?」
「ベッドに寝かせて頂いて、その後"何も無かった"と‥‥‥考えていいですか?」
「‥‥」
「‥‥‥‥やっ、ちゃいましたか?」
アーウィナは下を向いて祈るように手を合わせていた。
男は何も答えない。
フーッと息を吐き出した音が聞こえた。
ここで男が「なかった」と言ってくれれば、丸く収まる。
いや、収まりはしないかもしれないが、謝ってお詫びをすれば何とか許しを貰えるかもしれない。
しかし、現実は厳しかった。
「あぁ」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥ですよね」
アーウィナだって心の何処かでは分かっていた。
けれど現実を受け止めきれない。
恐ろしくて顔も上げられない。
穴があったら入りたい。
ヘタリと力が抜けて、柔らかいベッドに額が食い込んでいく。
「―――っいやああぁああ!‥‥ふぐッ」
とりあえず、アーウィナは叫んだ。
男はアーウィナの叫び声を聞いて慌てて煙草を置くと、アーウィナの頭を布団へと押し付けて口を塞ぐ。
「うるさい‥!」
「ずみ゛ばせん‥っ」
アーウィナは鼻水を啜り、涙を堪えながら顔を上げる。
「大きな声で騒ぐな」
「‥‥ごめんなさい、ごべんなさああぁ!!」
人生最大の過ちにポロポロ涙を流すアーウィナに、驚いた表情を浮かべた男。
「‥‥」
「だって‥!いくら謝ったって許されませんッ」
「別に許すから泣くな‥」
「嘘よッ!だってこんな事されて、はいサヨナラなんて親切で心が広い人なんて居る訳ないわ!!」
「‥‥」
「ッ、わかりました!煮るなり焼くなり愛人にするなり、好きにしてくださいっ!!」
こうなったらもうヤケである。
「‥‥」
「煮ますか‥?」
「‥‥煮ない」
「焼き‥「焼かない」
「はっ‥!もしかして愛人に!?」
「愛人は要らない」
「‥‥」
「‥‥」
「うぅっ、ごめんなさいぃい」
「‥‥‥はぁ」
眉間に皺が寄った男は、さっきより3割増しで怖い。