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そもそも、絶対にあってはいけない事が起こったのだ。
(いや怖い、怖い本当に怖いッ!!)
アーウィナはパニックすぎて何が何だか分からずに、頭を抱えて上半身をブンブンと揺らしながら戸惑っていた。
隣に寝ているのがアーウィナの婚約者だったらまだいい。
いや良くはないだろうが、きっと今隣に寝ている男よりは理由がハッキリしているし、道理に適っている。
ここで1つの疑問が浮かび上がる。
果たしてアーウィナは被害者なのだろうか。
それとも加害者だろうか?
昨日の勢いならば、加害者とも言いきれないが目の前にいる男は体格も良く、体は鍛えられていて、とてもアーウィナが押し倒したとは思えない。
そして相手がもしも既婚者だったら‥。
婚約者が居たりしたら‥。
家族の知り合いだったらと思うと震えが止まらない。
頭にぼんやりと浮かぶのは修道院と修道服を着たアーウィナの姿。
もう一度部屋を見回して見るが、立派な部屋に広すぎるベッド。
この状況から見て、アーウィナをニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら見ていた男達ではないことは確かだ。
その辺の裏路地で放置されなかっただけマシだと思うべきだろうか。
それとも暫く‥というか一生社交界に出られないだろうか。
アーウィナは顔を覆ってから首を振っていた。
「‥‥大丈夫か?」
後悔の波に呑み込まれていたアーウィナの上から掛けられた低い声に驚いて、ゆっくりと顔を上げる。
隣で寝ていた男が体を起こしながら頭を押さえていた。
アーウィナは自分が一夜を共にした相手を見定めようと、こっそりと視線を送る。
眉目秀麗‥‥端正な顔立ちにアーウィナは思わず涎を啜った。
全体的に引き締まった筋肉は見ていて溜息が出るほどに美しい。
絵画からそのまま抜け出してきたような肉体美に、思わず釘付けになった。
昨日まで婚約者だった男の薄っぺらい板のような体とは大違いである。
男は辛うじてシャツ一枚羽織っているものの、下半身は何にも身につけてはいなかった。
けれど何ひとつ纏っていない、真っ裸のアーウィナよりはマシだろう。
アーウィナは急いでシーツを手繰り寄せた。
「あの、すみません‥」
「‥‥‥なんだ」
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません‥‥私、何も覚えてなくて」
「あぁ‥だろうな」
「宜しければ、昨晩の状況を伺ってもいいですか?」
「‥‥」
「‥‥」
「‥あまり、お勧めしないが」
低い声がアーウィナの耳に届く。
険しい顔をした男を見て、アーウィナは静かに察した。
"人生が終わった‥"と。
どうやらアーウィナは相当やらかしてしまったらしい。
男が口籠るほど、ひどい事をしたのだろう。
男はアーウィナと同じで頭が痛むのか、額を押さえつつ、サイドテーブルに乗っている水をコップに入れるとアーウィナに差し出した。
アーウィナはコップを受け取ってからペコリと会釈をする。
アーウィナが水を飲んで一息吐いたのを確認した男は、背を向けたままアーウィナにガウンを渡す。
"着替えろ"という事だろう。
アーウィナはコップを置いてから、いそいそとガウンに腕を通す。
そしてアーウィナが着替え終わったのを確認した男は、静かに口を開いた。
――あの晩、お祭り騒ぎの後に酒場に居た全員が酔い潰れた。
見事に出来上がっていたアーウィナは、唯一潰れていない目の前の男に絡み始めた。
並々と注がれた酒を飲み干さないと泣き出すアーウィナに、仕方なく酒を飲むしかなかった。
そして今まで一度も酒に酔った事のない男は、文字通り浴びるほど飲まされて、アーウィナを家に送り届けようとフラつく足で立ち上がったのは良かったが――。