3
アーウィナは窓からこっそりと降りて、音を立てないように細い抜け道を進んでいった。
アーウィナはいつも通っている酒場に来ていた。
こんなところに貴族の令嬢が1人で来るとは誰も思わないだろう。
ニヤニヤしながらアーウィナを見る男性達を射殺せそうな視線でギロリと睨みつける。
目が血走っているアーウィナにサッと顔を背ける男達。
アーウィナはフンッと鼻息を荒く吐き出してから、カウンター席に乱暴に腰掛けた。
「マスター、一番強い酒を沢山頂戴」
「ウィーナ‥‥また何かあったのか?」
「今までで一番酷い気分だわ‥今日は飲むわよ」
「まぁ、止めはしないけどよ。程々にしねぇと男に攫われちまうぜ?」
「攫われたいわよ、今すぐッ!!」
「ほら‥‥今日は飲んで嫌な事全部忘れちまいな」
カタリと目の前に酒が置かれる。
グイッ‥と一気に飲み干すと、もう一杯と言わんばかりに空のグラスを渡す。
苦笑いした酒場のマスターは、並々と酒を注ぐ。
「よう、ウィーナ!随分と久しぶりだな?相変わらずいい飲みっぷりだ」
後ろから体格のいい男がアーウィナに声を掛けた。
酒場全体の期待の篭った視線は全てアーウィナに注がれている。
アーウィナは徐に立ち上がると‥‥
「今日は私の奢りよッ!!みんなでパーッと飲みましょう!!!」
「「「おー!」」」
アーウィナの一言に待ってましたと言わんばかりに酒場は大歓声に包まれる。
「誰か酒樽持ってこーーい」
「女神様の酒だあぁ!飲め飲めッ」
「ウィーナ、今日もやるのかい!?」
「やるに決まってるじゃない‥‥はい、これ代金」
「おー、これはとびっきりの良い品だな」
元婚約者からのプレゼントを酒場のマスターに渡す。
アーウィナには、もう必要ないものだ。
飛び交う酒、最大級に盛り上がる酒場。
アーウィナは、飲んだ。
とにかく全てを忘れたかった。
――――そして。
肌寒さにぼんやりと覚醒した意識。
アーウィナは手を伸ばして布団を探す。
温かくて固い感触がして、思いきり抱きついた後に温もりに擦り寄った。
「んー‥?」
違和感を感じて目を擦ったアーウィナの目に映るのは、大きな背中。
―――その瞬間、サッと血の気が引いた。
隣に寝ているのは、明らかに男だった。
首を少しだけ動かしてから辺りを確認する。
全く知らない場所にアーウィナは喉を引き攣らせた。
アーウィナは知らない男と裸でベッドの上に寝ていたのだ。
アーウィナはガンガンと痛む二日酔いの頭で考えた。
昨日はいつもの酒場で、いつものように酒を浴びるほど飲んで騒いでいた。
全ては誕生日に婚約破棄された心の痛みを忘れる為だ。
けれど、問題なのは途中から記憶がまるで無い事だ。
ぽっかり穴が空いた空白の時間に何があったのか、事細かに説明して頂きたいものである。
(私に酒を飲ませたのは誰だ‥!?)
自問自答したところで、答えは決まっている。
間違いなくアーウィナ自身である。
いや、今はこんなこと考えている場合ではないだろう。
一生懸命、思い出そうと試みるものの‥。
―――何も思い出せなかった。
浮腫んだ足に、動きづらい体。
そして何故か腰の鈍痛に気付いたアーウィナは、テーブルにでもぶつけてしまったのだろうかと考えてみるものの‥‥。
(ぶつけた痛みじゃない‥っ!)
もしも自分が隣の男と‥‥そんな最悪の事態を想像したアーウィナ。
今までこんな事は一度もなかったから大丈夫‥それだけはあるわけがないと言い聞かせながらも、徐々にハッキリと感じる痛みはまさしく、その行為を行った何よりの証拠と言えるだろう。