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「ア、アーウィナ‥話があるんだ」
ガタガタ震えながらアーウィナの元にやって来たアーウィナの婚約者。
アーウィナは嫌な予感がしたが、ニコリと笑って返事をした。
「どうかされましたか?」
「アーウィナ、突然すまないッ」
只ならぬ様子に、まさかと思いきや‥‥
「ぼ、僕と婚約破棄してくれないかっ!?」
そのまさかである。
「‥‥」
「‥‥」
「嫌ですわ」
ローレライに靡かない貴重な男を逃す訳にはいかない。
アーウィナは令息をカッと睨みつける。
何かに怯えているようだが、この短い期間に一体何があったというのだ。
「一生のお願いだ‥!」
「嫌ですわ」
「すまない‥っ」
アーウィナの話を聞く事もなく、令息は真っ青な顔で焦って去って行ってしまった。
ヒラヒラとアーウィナの前に舞っている紙には婚約破棄に同意するサインが書かれていた。
「‥‥」
アーウィナはその紙を拾い上げた。
理由を説明される事なく、一方的に婚約破棄を告げられてしまった。
あまりのショックに今度はアーウィナの震えが止まらない。
あろう事か今日はアーウィナの21歳の誕生日だった。
初めて婚約者と過ごす自分の誕生日‥‥アーウィナは嬉しくて浮かれっぱなしだった。
婚約者との甘い時間を想像していた数時間前の馬鹿な自分を恥じた。
(こんな事ってあるの‥?)
そんな時、ローレライが花のような笑顔でアーウィナの元に駆け寄った。
「お姉様、どうされたのですか!?」
「‥‥」
「お姉様の婚約者様に挨拶しに来たのですが‥」
「‥‥婚約破棄して欲しいんですって」
「え‥?」
「いきなり婚約破棄を突きつけられたの」
「まぁ、なんて酷いの!」
ローレライは頬を膨らませて怒っている。
アーウィナは絶望していた。
今回ばかりはローレライのせいではない。
ローレライは関係ないのだ。
愕然としているアーウィナにローレライは腕を絡めて、嬉しそうに話しかけてくる。
「あんな最低な男の事なんて全て忘れましょう?ね、お姉様?」
「‥‥」
「そうだわ!わたくしのお部屋でお話ししましょう!お誕生日パーティーまで時間がありますし」
「‥‥」
「お姉様に似合いそうな指輪を買ったんです‥!きっと気に入ってくれると思いますわ」
「‥‥」
「お姉様、早く行きましょう!」
いつもアーウィナは振られても「次だ、次!!」と言って前向きに考えていた。
けれど今回の出来事はアーウィナの心に重く響いていた。
(私が結婚出来る日って来るのかしら‥)
その日、アーウィナは誕生日会を抜け殻のように過ごしていた。
婚約破棄されたと聞いた両親は、アーウィナを元気付ける為に必死だった。
「抗議するか?」「理由を聞きましょうか」と問われたアーウィナは静かに首を振った。
相手は侯爵家だ。
「早く忘れたい」と言ったアーウィナを気遣い、その日のうちに書類を届け出てくれた。
招待客をもてなしながらもアーウィナの心は空っぽだった。
こんなに自分の誕生日が楽しめないのは初めてだった。
気不味いパーティーが終わり招待客が帰った後、アーウィナにくっついているローレライを引き剥がしてから自室へと戻る。
あとは自分でやるからと適当に侍女を下げたアーウィナは鏡を見ながら呆然としていた。
鏡にはいつも通りの自分の顔が映っていた。
以前、ローレライに心変わりをした名も忘れた令息に言われた事がある。
「お前は1人で生きていきそうだよな」と。
こんな時ですらいつも通りに振る舞えてしまう自分は、やはり強い女なのだろうか?
ぐっ‥と手のひらを握りしめたアーウィナはドレスを脱ぎ捨てると、簡素なワンピースに着替えた。
そしてアーウィナは誰も居ない事を確認しつつ夜の街へと飛び出した。