17
アーウィナはなるべく平然を装いながらローレライに問いかけた。
「ヴァーノン様と何を話したの‥?」
「‥‥それは」
ローレライの唇が、一瞬だけ歪んだような気がした。
「‥‥‥‥お姉様には内緒ですわ」
アーウィナは息を呑んだ。
花のような満面の笑みを浮かべたローレライは、嬉しそうにアーウィナの腕に自らの腕を絡めている。
「ウフフ‥‥とっても大切な話があったんです」
「‥‥そう」
「またお話ししたいですわ‥」
ローレライが発した意味深長な言葉がアーウィナの胸を抉っていく。
アーウィナは以前のローレライの話を思い返していた。
『今度、とても大切なお話がありますの‥‥聞いてくださいますか?』
その事を話していたのだろうか。
その場に動けなくなったアーウィナを不思議そうに見ているローレライと侍女。
「ねぇ、お姉様‥‥そんなことよりも久しぶりにお姉様のお部屋に行ってもいい?」
「‥‥」
この状態でローレライと2人きりになってしまえば、嫉妬から何を言ってしまうか分からない。
アーウィナは断る為に震える唇を開いた。
「今日は、疲れてるから‥」
「それに今日は何を買いに行ってきたのですか?最近はお姉様が忙しくて全然お話ししていないし、わたくし寂しいわ!それに街にお買い物に行ってわたくしも連れてって欲しかったのに‥」
「‥‥今度ね」
「約束ですよ?あと、お姉様の大好きなケーキがあるんです!一緒に食べましょう?」
「私は‥‥」
「最近、元気がないでしょう?お姉様の為にお母様と話し合って取り寄せたんですよ」
「‥‥‥」
そう言われてしまえば、アーウィナは断れない。
ご機嫌なローレライの後ろに続いて、屋敷へと足を踏み入れた。
(大丈夫‥‥絶対に)
そう言い聞かせても胸騒ぎは止まらない。
ここでローレライを問い詰めても意味はない。
ローレライは悪気があってしているわけではないのだから‥。
(本当に‥?本当に悪気はないの?)
侍女にヴァーノンのプレゼントを部屋に置くように頼んだ後、ローレライと一緒に食べたくもないケーキを食べていた。
何の味もしないケーキを淡々と口の中へと運ぶ。
ローレライはいつもより、ずっとずっと楽しそうに思えた。
そんなローレライを見て、アーウィナは思うのだ。
(ヴァーノン様と話せたことが嬉しいの?良い関係を築けそうだから‥?)
アーウィナの思い込みかもしれない。
気の所為かもしれない。
それでもアーウィナは悪い方向へと考えてしまうのだ。
クラリと目眩と吐き気がしたアーウィナは、部屋に戻ると言って席を立った。
これ以上、ローレライの顔を見ていると嫌なことを言ってしまいそうだったからだ。
部屋に戻ったアーウィナは鏡の前に座って考えていた。
以前ならば、むしゃくしゃした時や悩んだ時はふらりと酒場に行ってはストレスを発散するように飲み明かしていた。
しかしヴァーノンが婚約者となった今は、そんなことをしている場合ではない。
ヴァーノンと出会ってからは、デスモント家に行き護身術を習い、ヴァーノンとの幸せな時間を過ごしていた。
あんな関係から婚約することになった事を忘れるほどに、ヴァーノンを好きになっていたことに今更気付くのだ。
ヴァーノンはアーウィナの事を、どう思っているのだろうか。
そういえば、こうして婚約者らしいことはしているものの愛を囁かれたことも、好きだと言われたこともない。
(勝手に盛り上がって、勝手に嫉妬して‥‥惨めね、アーウィナ)
以前のように割り切ってしまえれば、ローレライのことなんて全く気にならなかったのに。
本気でヴァーノンが好きだと気付いてしまえば、こんなにも自分が弱い人間だと思い知らされるのだ。
(‥‥‥ヴァーノン様)