14.ヴァーノンside3
「大丈夫か‥?」
「‥‥申し訳、ございません」
アーウィナはヴァーノンの胸に顔を寄せた。
温かい体温と細い腕、ヴァーノンは慎重にアーウィナを運ぶ。
部屋へと案内してもらった後、ヴァーノンはアーウィナをゆっくりとベッドに下ろす。
ヴァーノンが少しだけ離れようとするのをアーウィナは無意識に引き止めるように服を掴んだ。
「‥‥?」
「あっ‥すみません」
アーウィナは自分の行動に気付いたのか、ハッとした後に急いで手を離す。
アーウィナは誤魔化すように微笑んだ。
しかしその視線は何かを訴えかけるようにヴァーノンを見ている。
「‥‥っ」
「どうした?アーウィナ」
ヴァーノンから見たアーウィナは、始めの印象と今では少し違って見えていた。
強く豪快なイメージが強かったが、アーウィナのドレス姿を見た時に、繊細な美しさに目を奪われた。
そしてアーウィナは気遣いが出来る淑やかで温かい女性であった。
今でもあの時とのギャップに驚くことも多いが、一夜の過ちを犯して後悔するどころか、会う度に新しい魅力を発見する日々だ。
何があっても引くどころか呆気らかんとしているアーウィナにヴァーノンは気負わずに済んでいる。
"悪魔の騎士"と呼ばれ、噂もあり怖がって誰も近付かないヴァーノンに、変わらない態度で接するアーウィナ。
アーウィナに「噂は気にならないのか」と問いかけた際には「噂は噂でしかありません。私は自分の目で見たものを信じます」と言われて驚いたのと同時にヴァーノンは喜びを感じていた。
そして人懐っこいが神出鬼没で何を考えているか分からないと言われているモーセですら、アーウィナは驚きはするものの普通に対処している。
「こんな度胸のある令嬢、なかなかいないよ?」とモーセはヴァーノンに会うたびに言うのだ。
人を見る目が肥えている父のフェニックスには、気立てがいいと褒められていた。
やはり始めにヴァーノンを庇ったことを大きく見ているようだ。
あの時、自分の身を守るのではなく、ヴァーノンを守ろうとした。
嘘なく事実を伝えようとしたアーウィナは、好印象だったのだろう。
母であるゼラニウムは、柔らかい雰囲気に近付く者が多いが、時折フェニックスやモーセを叱る時に出る恐ろしい姿を見て距離を置かれることがある。
アーウィナに至っては1人で街の酒場に乗り込むだけあり、ゼラニウムのそんな姿にも全く動じることはなかった。
ゼラニウムもアーウィナのことを、とても気に入っていた。
そんなデスモント公爵家から圧倒的な支持を得るアーウィナ。
ヴァーノンは今まで婚約者を作るつもりはなかった。
稀に権力欲しさにデスモント家の嫡男であるヴァーノンに気に入られようと近付いてくる御令嬢もいる。
けれど「危険がある」と言うと、あっさりと手のひらを返す。
小さな頃、ヴァーノンと親しかった令嬢がデスモント家を恨む者に怪我を負わされた事があった。
なんとかヴァーノンが間に合ったことで、大きな傷もなかったが相手を傷つけてしまったことに変わらない。
謝罪するフェニックスとヴァーノンに対して、もう二度と関わらないでくれと言われたのだ。
そのことはヴァーノンの心に大きな傷を残した。
共に歩もうとしてもパートナーが自分の知らないところで傷ついてしまうのなら‥‥それならば婚約者などいらないと思うようになった。
それにパートナーを守れなかった時、自分を許せそうにない。
ゼラニウムのような相手を返り討ちにするような屈強な女性でなくとも、少なくとも自分の身を守れるような女性でなくてはならない。
しかし、そんな令嬢は居ないと分かっていた。