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ーーーグイッ!
いつの間にか目の前にいるヴァーノンがアーウィナの腕を引く。
驚き声も出ないアーウィナに、ヴァーノンは前髪をサラリと撫でた後、自分の額をアーウィナの額に合わせた。
「‥ッ!」
「顔色があまりよくない‥‥熱があるんじゃないのか?」
「っ、ヴァーノン様!」
アーウィナは恥ずかしくなり、ヴァーノンと距離を取ろうとした時だった。
「大変だわ!お姉様、今すぐお部屋に‥「俺が部屋まで運ぼう」
嬉しそうなローレライの言葉を遮るようにして、軽々とアーウィナを抱え上げたヴァーノン。
「きゃっ‥!」
「‥!!」
アーウィナは小さく声を上げた。
「アーウィナ、部屋まで案内してくれ」
「は、はい‥!」
ヴァーノンの体温と優しさに涙が出そうになった。
それだけで先程の苦しみは消えてしまう。
ヴァーノンは迷いなくアーウィナを選んでくれた。
アーウィナは無意識にヴァーノンに縋り付くように手を回した。
ローレライが目を見開いたまま2人を見ていた。
「すまない、ローレライ。アーウィナを部屋に送り次第、今日は失礼する」
「‥‥‥わかりましたわ」
「行こう」
ヴァーノンが足を進めようとした時、ローレライがヴァーノンを呼び止める。
「‥‥ヴァーノン様」
「‥?」
「また、お話ししましょう」
「ああ」
「今度、とても大切なお話がありますの‥‥聞いてくださいますか?」
「!?」
「‥‥‥分かった」
アーウィナがローレライの言葉に驚き、顔を上げた。
心臓が煩く脈打っている。
ローレライは柔らかい笑みを浮かべながら頭を軽く下げて、アーウィナとヴァーノンが去るのを見送った。
*
ひとりその場に取り残されたローレライは、椅子に座り空っぽになったカップを見つめていた。
「あり得ない、あり得ないわよね?‥‥お姉様‥‥‥どうして今回はうまくいかないのかしら。不思議だわ‥‥」
徐にローレライはカップを持ち上げた。
「本当、狡いわ‥‥どうして私の幸せを奪うの?」
ミシミシと音を立てるカップは次の瞬間、テーブルに叩きつけられて鈍い音と共に砕け散る。
「早く壊れちゃえばいいのに‥‥」
割れた破片をローレライは静かに見つめていた。
「ーーローレライお嬢様!大丈夫ですか?」
砕けたカップに気付いた侍女が慌てた様子でローレライの側へと向かう。
侍女の声が聞こえたローレライは困ったように笑いながら、侍女に言った。
「ごめんなさい‥‥カップを片付けようと思ったら手が、滑ってしまったの」
「ローレライお嬢様、お怪我はありませんか!?」
「‥‥えぇ、大丈夫よ」
侍女はカップの破片を片付けながら、アーウィナとヴァーノンの姿が見えない事を不思議に思い、ローレライに問いかけた。
「アーウィナお嬢様とヴァーノン様はどちらへ?」
「‥‥」
「ローレライお嬢様?」
「お姉様が具合が悪くなってしまって‥‥ヴァーノン様がお部屋に」
「まぁ!ヴァーノン様は噂とは違い、とてもお優しいのですね。アーウィナお嬢様とも、とても仲睦まじ‥‥」
ーーーガンッ
ローレライが立ち上がるのと同時に、テーブルの食器が派手に音を立てた。
「お、嬢様‥?」
「あらあら‥‥‥わたくしったら、立ち上がろうとしたら足を捻ってしまいましたわ」
「あっ‥‥そ、そうですか」
「お父様とお母様に、この事をお伝えしなければならないから‥‥もう行くわね?」
「は、はい!」
「あとは任せるわ」
「お任せください‥」
侍女は頭を下げながら考えていた。
先程のタイミング‥‥気の所為じゃなければローレライは、アーウィナとヴァーノンの話を聞いて怒ったのだろうか。
(考えすぎよね、あの穏やかで優しいローレライお嬢様がそんな事‥‥)
緊張した空気を掻き消すように、侍女はテーブルを片付けたのだった。