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ヴァーノンとアーウィナは婚約者として、互いの家を行き来しながら関係を深めていった。
始めは、あまりの居た堪れなさに、顔を合わせることが出来ずに上手く話が進まなかった。
けれど初対面であれだけの醜態を晒したのだから、これ以上引かれる事もないと、アーウィナは次第に肩の力が抜けていって、ヴァーノンの前では自然体でいられた。
ヴァーノンはアーウィナが思っていた通りの人だった。
真っ直ぐで、真面目で誠実。
たまに言葉が足りなかったり、怒っているように見える事もあるが、その状態に慣れてしまえば何の問題もなかった。
照れ屋なヴァーノンは、アーウィナが距離を詰めるだけで顔を赤らめる。
そんな姿が最近では愛おしいと思うようになった。
始めはアーウィナの父と母もヴァーノンの噂があったせいで怯えていたものの、次第にヴァーノンが不器用なだけで本当は誠実で優しいと気付くと、周囲にヴァーノンがどれだけ素晴らしいのかを自慢するようになった。
すると、ヴァーノンの良い噂が広まるようになった。
しかし、アーウィナの中で1つだけ問題があった。
それはユリサルート家にヴァーノンが来た際に、必ずローレライが現れるということだ。
「お姉様、わたくしもご一緒しても宜しいでしょうか?」
「‥‥えぇ」
気の所為だと思っていたが、不信感は徐々に増していく。
ローレライを断る理由もなくアーウィナはいつも受け入れるしかなかったが、その度に汚い気持ちを抑えるのに必死だった。
ローレライは眩い笑顔をヴァーノンに向けている。
アーウィナはその瞬間、体が強ばり緊張してしまう。
もしも‥‥そう考えずにはいられなかった。
ヴァーノンが突然、ローレライに心変わりするのではないか。
以前のように理由も分からないまま婚約破棄を告げられてしまうのではないか。
(上手く、笑えてるかしら)
ローレライは可愛いだけではなく、話を盛り上げるのが上手い。
今までの令息も、素直で花のように笑うローレライの可憐さに、いつも心を奪われていったのだ。
今までは諦めた気持ちでいた。
アーウィナが可愛げがなく、気持ちを伝えることが下手だから、ローレライに心変わりしてしまうのは当然だと。
しかしヴァーノンはアーウィナのあんな姿を見ているのにも関わらず、態度を変えずに全てを受け入れてくれた。
そんなヴァーノンと共に居ると、自分が自分のままで居ていいのだと思えるのだ。
アーウィナは薄っすらとした記憶の中、ヴァーノンに弱音を全て吐き出したような気がしていた。
あんな形での婚約になってしまったが、いつの間にかヴァーノンはアーウィナにとって、なくてはならない存在だった。
(‥‥取られたくない)
今までとは違う感情が湧き上がる。
目の前にはローレライの話に頷いているヴァーノンの姿。
(お願い‥‥ヴァーノン様)
アーウィナはこうして祈ることしか出来ないのだ。
こんなに自分は弱かっただろうか。
以前は婚約破棄されたところで、涙一つ出てこなかったというのに‥。
「そうですわよね!お姉様」
「‥‥え?」
「もう、ちゃんと聞いていて下さいよぉ」
アーウィナはローレライの声にしまった‥と顔を上げる。
ローレライの話どころか、ヴァーノンの話すらも聞いていなかったのだ。
「あ‥‥‥ごめん、なさい」
「お姉様‥?どうされたのですか?」
ローレライがアーウィナの背を撫でる。
ローレライはアーウィナを心配してくれているというのに、その手を振り払いたいと思ってしまう。
(なんて性格が悪いんだろう)
クラリと目眩を感じる。
最近、そのことで思い詰めてばかりだ。
「‥‥‥アーウィナ」
そんな時、ヴァーノンの声が聞こえてアーウィナが顔を上げようとした時だった。