10.ヴァーノンside1
ヴァーノンは、とある酒場に情報収集に来ていた。
騎士団が追いかけている悪徳商人の目撃情報があったからだ。
適当に酒を頼み、酒場全体を見回せる席に着く。
ヴァーノンは顔を伏せて周囲の話を聞いていた。
何故ならばヴァーノンは怒っていなくても、怒っているように見えてしまう。
「何睨んでるんだ」と言われて絡まれるのは日常茶飯事だった。
視線で人が殺せるという噂が流れる程に目付きも鋭く、ただその場にいるだけで周囲を無意識に威圧してしまう。
生まれつきで仕方がないとは分かっていても、蝶よ花よと育てられた御令嬢には近寄り難いようで、嫌厭されがちである。
ヴァーノンの悪い噂も相まって、婚約まで辿り着く事はない。
それに、ヴァーノン自身もとある理由で結婚を望んでいなかった。
両親には申し訳ないが、将来は養子でも取ればいいと思っていた。
ヴァーノンがボーッとしながら話に耳を傾けていると、酒場のドアが乱暴に開く音がして顔を上げた。
護衛も連れていない若い女が、鬼のような形相で酒場に入ってきたのだ。
どう見ても街の女ではない事は、一目でわかった。
周囲の男達が下品な笑みを浮かべながら色めき立つ。
(何を考えているんだ‥!)
しかしヴァーノンの予想に反して、その女は男達を牽制するように鋭く睨みつけた。
そして当たり前のようにカウンターに腰をかける。
(こんな時間に女性1人で出歩くなど、考えられない)
ヴァーノンは静かにカウンターに移動した。
「マスター、一番強い酒を沢山頂戴」
「ウィーナ‥‥また何かあったのか?」
「今までで一番酷い気分だわ‥今日は飲むわよ」
こんな時間に酒場に来るなど、攫って欲しいと言っているようなものだ。
「まぁ、止めはしないけどよ。程々にしねぇと男に攫われちまうぜ?」
「攫われたいわよ、今すぐッ!!」
ヴァーノンは首を傾げた。
どうやら女は攫われに来たようだ‥。
(娼婦か‥‥?)
ならばヴァーノンも止めようがないが、一応危険がないか様子を見ていた。
「ほら‥‥今日は飲んで嫌なこと全部忘れちまいな」
どうやら何度もこの酒場に足を運んだことがあるようだ。
"ウィーナ"と呼ばれた女は、目の前に置かれた並々と注がれた酒を一気に飲み干した。
そして、もう一杯と言わんばかりに空のグラスをカウンターに叩きつける。
また注がれる酒にヴァーノンは目を見開いた。
「よう、ウィーナ!随分と久しぶりだな?相変わらずいい飲みっぷりだ」
1人の男性がウィーナの肩に手を置いた。
(‥‥やはり危険だ)
ヴァーノンがウィーナと男の間に入ろうとした時だった。
「今日は私の奢りよッ!!みんなでパーッと飲みましょう!!!」
「「「おー!」」」
ウィーナの迫力のある声と共に酒場に大歓声が響き渡る。
ヴァーノンは伸ばした手を引っ込めるタイミングを失っていた。
そんな唖然としているヴァーノンに酒場のマスターが声を掛ける。
「兄ちゃん女神様に会うのは初めてか?面白いだろう?こうしてフラリと現れては、酒場を盛り上げてくれるんだ」
「‥‥女神、様?」
「俺らの間じゃあウィーナは"女神様"って呼ばれてるぜ?羽振りもいいから、手を出そうとする奴は潰されちまう‥‥女神様の恩恵は皆で守ろうってな」
「‥‥」
「毎回そうだけどよ、ウィーナは酒豪だから、大体最後まで潰れなくってさ!んで、日が昇る前にはフラリと帰っちまうんだ」
「‥‥‥そうか」
「だから女1人でもこうして酒場に来れるって訳さ」
豪快に笑うマスターは酒を注ぐ為に、瓶を両脇に抱えてテーブルに配り歩く。
「「「乾杯ーッ!」」」
酒場はヴァーノンが見たことないほどの盛り上がりを見せる。
かなりのハイペースで酒は無くなっていった。